隣国への道のりは静かだったが、御者の心中は全く穏やかではなかった。彼はシャウラを背に乗せた馬車を進めながら、国境を越える前に目にした光景が頭から離れなかった。
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忘れられない光景
背後の空に突如として現れた巨大な隕石、そして国土を飲み込むような爆発。それは御者の心に深く刻まれていた。
「……あれは……国が……!」
御者の目には、あの瞬間の光景が何度もフラッシュバックしていた。遠くから見ただけでも感じられる轟音と地響き。その後に広がった黒い煙。それらが意味するものは明白だった。
「私たちの国が……崩壊した……?」
そう考えると、手綱を握る手が震えた。御者は前を向きながらも背後を気にしていたが、シャウラはそんな彼の動揺には気づかないまま、窓の外を眺めていた。
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シャウラの無邪気な言葉
「あら、綺麗ですねぇ。隣国の景色も素敵です!」
シャウラは穏やかに呟いた。草原が広がる道を見て、彼女は自然の美しさに感動しているようだった。
御者はその言葉に答えず、ただ馬車を進めるだけだったが、心中では言葉にならない感情が渦巻いていた。
「この人は……あの光景を見て何も感じていないのか……?」
御者は後ろの座席に座るシャウラを一瞬だけ振り返った。彼女は窓の外を見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
「きっと、皆さんも元気で過ごしているはずですよね。隕石が落ちたのは残念ですけど……代わりの聖女さんがいらっしゃるなら安心ですし!」
その言葉を聞いて、御者は思わず手綱を引き締めた。
「本当に……あれが、ただの隕石だとでも思っているのか?」
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隣国への到着
馬車はようやく隣国の街に到着した。街の入り口には石造りの門があり、守衛が見張りをしていた。
「ここが隣国の最初の町です。しばらく休めますよ。」
御者はシャウラに声をかけたが、その声にはまだ動揺が滲んでいた。
「まあ、ありがとうございます!」
シャウラは馬車を降りると、門の前で深呼吸をして伸びをした。
「隣国もいい空気ですねぇ。きっと、素敵な人たちがたくさんいるはず!」
彼女の声は相変わらず明るく、無邪気だった。しかし、その明るさが御者の胸に刺さるような違和感を覚えさせた。
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宿での休息
御者は馬車を宿の厩舎に預け、シャウラと共に宿に入った。宿の主人はシャウラを見て驚き、深々と頭を下げた。
「ようこそ、こちらへお越しいただきありがとうございます!聖女様がおいでになるとは光栄です。」
「いえいえ、私はもうただの旅人ですから、そんなに気を遣わないでくださいね。」
シャウラは軽く手を振って微笑んだ。
御者はそのやり取りを横目に見ながら、宿の一室で座り込んだ。彼は馬車を操るために長時間集中していたが、今は頭の中で様々な考えが駆け巡っていた。
「シャウラ様が隣国に来た途端、背後の国が……隕石であれほどの被害を受けるなんて……。」
御者は額に手を当て、疲れた声で呟いた。
「本当に偶然だったのか……?」
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祈りの力の消失
御者の脳裏に浮かんだのは、シャウラが国で祈りを捧げていた日々だった。彼女はいつも飄々としており、特に真剣な態度を見せることはなかった。しかし、彼女が祈りを捧げるたびに国には奇跡が起きていた。
「作物が豊かに実り、人々の病が癒され、争いごとも減っていった……」
彼女の祈りが何らかの形で国を守っていたのだと、今になって御者は気づいた。だが、その加護が消えた結果が隕石の落下という未曾有の災厄だった。
「もしあの加護が無意識のうちに発揮されていたのだとしたら……」
御者はその考えに震えた。シャウラ本人がその力に気づいていないという事実が、事態をさらに不可解にしていた。
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シャウラの言葉
その時、シャウラが部屋のドアを開け、顔を覗かせた。
「御者さん、お疲れ様です~。お茶でも飲みませんか?」
御者は顔を上げ、シャウラの柔らかな笑顔を見つめた。その笑顔に安堵を覚えつつも、彼女の無自覚さがどうしても信じられなかった。
「……シャウラ様、本当に、何も気づいていないのですか?」
御者の声は震えていたが、シャウラは首を傾げながら答えた。
「ええ、何かありましたか?皆さんが幸せなら、それでいいんですよ~。」
その無邪気な答えに、御者は深くため息をついた。
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隠しきれない不安
御者はその晩、宿の一室で寝床に入ったが、どうしても眠ることができなかった。隕石が落下した時の光景が何度も脳裏をよぎり、その原因を突き止めたいという衝動に駆られていた。
「本当にシャウラ様がいなくなったことで、国が破滅に向かったのか……?」
彼はその疑問を抱えたまま、夜が明けるのを待つしかなかった。
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