日も傾き始めた頃、レイスとユインは街の外れにある小さな宿の一室にいた。
「ふーん、ローゼル家ってのは貴族の中でもそこそこの名門らしいな」
安物の椅子に足を投げ出しながら、レイスは手元の書類に目を通していた。ユインが情報屋経由で手に入れた情報の束だ。そこには依頼主エルマーの家系図から、近年の財政状況、不自然な資金の流れまでが並んでいる。
「でも、その家にしては……白金貨三枚は多すぎますね。ローゼル家の資産規模じゃ、個人が即座に用意できる金額じゃない」
ユインが冷静に分析しながら、机の上にもう一枚の文書を置いた。王国財務局の記録の写しだ。どうやらローゼル家に不自然な支援金が流れていた形跡がある。
「お? やっぱりな。あのお坊っちゃん――いや、ローゼル家の後ろには何かいる」
レイスが鼻を鳴らす。金の出処は“王都経由”と書かれていたが、詳細な名義は伏せられていた。明らかに意図的な隠蔽だ。
「……それで、このレオノールってのは?」
「アンレスト王国第一王女、レオノール・アンレスト。あの襲撃事件――森で遭遇した一団――の中で護られていた女性です」
ユインの指が、調査資料の一枚を指し示した。そこには、王国軍第二騎士団の活動報告書が抜粋されていた。
「どうやら最近、第二騎士団が独断で動くことが増えているらしいです。上層部とは
「上に疎まれてる王女、か……なるほどね~」
レイスは軽く目を細める。王女に罪はなくとも、内部の権力争いに巻き込まれているのだろう。無能な奴ほど有能な身内を邪魔者扱いする。それが国という組織の本質だ。
「なあユインさん? こいつらの襲撃事件、もしかして……王国自体が関わってない?」
ぽつりと漏らしたレイスの問いに、ユインはわずかに間を置いてから頷いた。
「可能性は高いです。ただ、王国上層部“全体”ではないはず。むしろ中心は――この男でしょうね」
そう言って、ユインは別の紙を差し出した。そこには、アンレスト王国第一王子、グラディス・アンレストの名が記されている。
「野心家として知られていて、王女派の議員や騎士を排除しようとしている節があります。レオノール王女は、その象徴として邪魔なのでしょう」
レイスの表情が少しだけ険しくなる。
「……なるほど。つまり、腐った貴族がガキを使って偽金をばら撒き、裏で国政を牛耳ってるってことか」
その時、宿の扉がノックされた。控えめだが、鋭さを感じさせる音。
レイスとユインが視線を交わす。ユインがレイピアに手を添えながら扉を開くと、立っていたのは――赤髪の女騎士だった。
森で王女を護衛していた、第二騎士団の団長である。
「突然の訪問を許してほしい。私は第二騎士団を率いるセリア・ファーネル。少し話がしたい」
ユインが軽く頷き、セリアを部屋へ招き入れた。
「やあやあ、久しい顔だね。で……話ってのは?」
レイスが椅子に座ったまま問いかけると、セリアは姿勢を正して答える。
「先日、森で我々を助けてくれた件。あの時は名も聞けなかったが……調べて、あなたが“レイス”という名の冒険者だと知った。そして、その双剣とあの実力、そしてレイスという名、過去の軍籍記録に……一致する人物がいた」
レイスの手が、無意識にジョッキを握る。
「剣聖――かつて勇者一行のメンバーとして旅をしたレギア王国に仕えた伝説の剣士。二年前、突然消息を絶った存在。……まさか、生きていたとはな」
その言葉に、ユインがわずかに目を細めた。セリアの視線は鋭かったが、敵意はない。
「どうか……王女に力を貸していただけないか。アンレスト王国の現状は、あなたが知る以上に腐っている」
レイスはしばらく黙り込んだ後、ジョッキをゆっくり置いた。
「……悪いな。断る」
「なっ……どうしてだ!」
「組織に裏切られた人間が、また組織のために剣を振るうと思うか? ……あんたらがどうだろうと関係ねぇ。俺は、自由に生きたいだけだ」
静かな口調にこそ宿る決意に、セリアは反論できず、口を閉じた。
代わりに、ユインが小さく言った。
「私たちは、調べるつもりです。この国の裏に何が起こっているのか。その内容次第で私たちは、自身のために戦うことになるでしょう」
その言葉に、セリアはわずかに微笑を浮かべた。
「……感謝する。王女には、あなたたちの名前は伝えない。だが、背を預けて戦う時が来るなら――その時は、こちらから礼を尽くそう」
そして彼女は、静かに部屋を去っていった。
レイスは深く息を吐き、天井を見上げた。
「えー……、また面倒くさいことになりそうじゃん」
「いつも通り、ですね」
皮肉混じりのユインの言葉に、レイスは苦笑した。