目次
ブックマーク
応援する
12
コメント
シェア
通報

第4話「“元”剣聖は、黒幕の気配に笑う」

 数日後、レイス達は王都の裏路地に佇む古びた一軒家の一室にいた。――その建物は表向きには骨董屋を装い、裏ではあらゆる情報が売買される場所だった。


「こっちの帳簿は表の金の流れ……裏金は、こっちか。ローゼル家の資産、ここまで綺麗に捏造されてるとはね。ついでに、俺にも横流ししてくれないかなー」


「じゃあ、レイスも一緒に牢屋行きですね」


「うん、不正良くないよね~。真面目が一番!」


 レイスが机に書類を広げながら、いつものように軽口を叩く。それに付き合いながらユインは手際よく資料を仕分けし、内容を短くメモにまとめていく。


 奥の棚では、目隠しをしたままの情報屋が飄々とお茶を啜っていた。


「これ見にきたってことは……お客さん、また厄介ごとを背負い込みましたな。今度の相手は、庶民じゃ手が届かん連中のようで」


「うん、まぁね~。でも、このくらいの相手じゃないと張り合いがないっていうか?」


「レイス、笑い事じゃありませんよ。王宮絡みの不正。しかも、補佐官名義で資金洗浄……どこまで関与してるか分かりませんが、放置はできません」


 ユインが真剣な声で言うと、情報屋も「ほぉ」とわずかに眉を上げた。


「そういえば……昨日、このあたりに珍しいお客が来てね。王宮の馬車で、身元を明かさずにうちを訪ねてきた。しかも、随行ずいこうは第二騎士団」


「……誰が来たんだ?」


「名は出せんが、美しくて、真っ直ぐな目をしていたよ。ああ、そうそう――」


 そのとき、扉がノックされ、控えめな声が響いた。


「失礼するわ。少し、話を聞きたいのだけれど」


 その声を聞いた瞬間、ユインが反応し、レイスは目を細めた。扉が開き、上質なマントを羽織った女性が姿を現す。その後ろには、長身で鋭い視線を持つ、見覚えのある赤髪の女騎士が控えていた。


「まさか、また会えるとは思ってなかったよ。――王女殿下」


「……あなたたちは」


 王女レオノールは、わずかに目を見開いたが、すぐに冷静な表情へと戻した。その傍らにいた騎士――第二騎士団団長セリアが一歩前に出る。


「その書類……何の真似かと問いたいところですが。答えてもらえるかしら?」


 無造作に広げられた書類の中には、王女に関する書類もあった。レイスはその書類をひらひらと持ち上げながら口角を上げた。


「いやぁ、単に趣味で貴族の闇ゴミを集めてるだけさ」


「……冗談を言う余裕があるとは思えませんが」


 睨みつけるセリアに対し、レオノールが静かに手を挙げて制した。


「セリア、ここは私が話すわ」


「……はっ」


 王女は歩み寄り、机の上の書類に目を落とすと、口元を引き結んだ。


「これは……ローゼル家の不正記録。あなたたち、ここまで調べていたのね」


「偶然さ。ダンジョンの護衛に来いと現れたお坊っちゃんが、あまりにも不自然だったんでね」


「……その“お坊っちゃん”とやらは、私の遠縁にあたるわ。けれど――」


 王女の瞳が真っ直ぐレイスを見据えた。


「この件に、私は一切関与していない」


 一瞬の沈黙。その場にいた全員の視線が交差する。


 ユインが視線を逸らさずに尋ねた。


「信じていい理由があるのなら、お聞きしたい」


「この半年、私は政務から意図的に外されていた。口実は“療養”だけれど……実態は、第一王子派の主導によるもの。私は“改革志向”だから、疎まれているのよ」


 王女の背後で、セリアも静かに頷いた。


「私も監視下に置かれていたが……第二騎士団は、未だ王女殿下に忠誠を誓っている。真実を暴きたいのなら、共に戦う意志はあるわ」


「ふぅん。……じゃあ、裏を暴く手伝いをしてくれると?」


 レイスが試すように目を細める。


 レオノールは一瞬の躊躇ちゅうちょも見せず、言った。


「ええ。けれど――私を信じてとは言わない。証拠がすべてよ。あなたが持つその記録の価値を、誰よりも理解しているつもりだから」


 しばしの沈黙の後、レイスは肩をすくめて笑った。


「ま、敵じゃないならそれでいいさ。信じるかどうかは、今後次第ってことで」


「……それで十分よ」


 視線が交わり、わずかに空気が緩んだそのときだった。情報屋が静かに呟く。


「おや……こいつは、妙な記録だな。補佐官名義の振込履歴、急に中止されてる。つい三日前から――」


「三日前?」


 ユインが眉をひそめ、王女が驚いた表情を浮かべる。


「何かあったの?」


「王宮で――財務局に出入りしていた側近が“突然辞職”したの。理由は公表されていないけど、タイミングが一致してるわ」


 レイスの瞳が鋭く光る。


「……あちゃー、気付かれたか。いや――“誰かが”、気付かせたのかもな」


 その言葉に、場の空気が一変する。


 黒幕の存在。すでに裏で糸を引いている者がいるとしたら……この件は、単なる腐敗の摘発では済まされない。


 レイスは、懐の書類をそっと叩きながら、静かに呟いた。


「第一王子。……お前の名前が、いつ出てくるのか。楽しみにしてるぜ」


 王都の夜は深く、静かに、だが確実に嵐の気配を孕む。


 レイス達が少しずつ、答えに近づいていく中――王都の奥で、誰かが微かに笑った気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?