「凄いわ、クラリーヌ! さすが勇者様ね。偉そうにしてるだけのエイブリーとは全然違うわ」
私が無事だと分かった途端に、興奮した様子で褒めてくるアメリアだが、私は無邪気に喜ぶ気にはなれなかった。
「うるさいぞアメリア! そういうお前は小さい火の玉しか出せなかっただろう」
エイブリーが怒って反論するが、いつものように顔を赤くしてはいない。アメリアと仲良しなのかしら。そんなことを気にしている場合でもないけど。
「ううん、違うよ。私は全然ダメ。魔法をまったく操れていないもの。思い通りに炎を操ってみせたエイブリーの方がずっと凄い」
そうだ、凄い魔力がなんだというのだ、自分の思い通りに力を振るえなければ、そんなものは魔法を使うのが難しくなるだけだ。今だって、まだ手が震えている。学院長が守ってくれなかったら、周りの生徒達を巻き込んで自分自身が炭になっていた。恐ろしくて、火の魔法はもう使いたくない。
いや、火だけじゃない。水だろうが土だろうが風だろうが、どの魔法を使っても大惨事になることが目に見えている。
「何を言っているんだ、自分の強すぎる魔力が怖くなったのか、弱虫め!」
エイブリーが今度は顔を真っ赤にして怒声を上げた。
「うん、怖いよ。制御できない力がみんなを殺してしまうかもしれないもの」
「制御できないからなんだ、俺達はまだ魔法を教わり始めたばかりなんだぞ。強さの違いがあるだけで、どいつもこいつも制御なんてできてないだろ。これから教わっていくんだよ!」
なぜエイブリーはこんなに怒っているのだろう。
「でも、あなたは魔法を制御できてる」
「それは、勇者になりたくて早いうちから魔法の勉強をしていたからだ。どんなに努力しても、雷の魔法は使えなかったし、カカシを爆発させるような凄い魔力も身につかなかった」
エイブリーが声のトーンを落として目を伏せた。それを見て前世の自分を思い出した。〝何者にもなれなかった〟凡人の惨めさ、夢を叶えることができなかった悔しさが心に蘇る。同じような悔しさが、エイブリーの中で渦巻いているのだろう。……わかるよ、その気持ち。
「エイブリーは雷の魔法を使えるようになるよ、絶対に」
私はエイブリーの手を取り、目を見て言った。動揺の気配が伝わってくる。
「なっ、何を言っているんだ。雷の魔法は勇者しか使えないんだぞ。勇者はお前だろ!」
「勇者が一人だけなんて、誰が決めたの?」
「……」
私の言葉に、エイブリーが絶句する。考えたこともなかったという顔だ。私という勇者が現れたのだから、自分は勇者になれない。そう決めつけていたのは彼だけじゃない。周りで私達の会話を聞いていた生徒達も皆同じ顔をして私を見ている。
そういえば思わず大貴族のお子さんにタメ口きいてるけど、アメリアも同じくらい偉い家の子らしいし、気にしなくてもいいか。
「ほっほっほ、素晴らしい友情が生まれたようじゃな。安心しなさい、魔法の制御はこれから儂等がしっかり叩き込んでやるからの」
学院長先生の心強い言葉と共に、最初の実技授業は終わりを迎えるのだった。
「私、魔力ってものを感じたことがないんだよね」
教室へ戻る道すがら、さっきからずっと気になっていたことをアメリアに話した。
そう、私はこれまで『魔力』なるものを感じたことがない。それどころか、さっきシルヴァニア先生が呟いた言葉で初めて聞いた。でもエイブリーは普通に使っていたし、もしかしたら私だけなのかもしれないと思い、確認のために話を振ったのだ。
「魔力って感じるものなの? 同じ呪文で同じ魔法を使っても強さが人によって違うから、それが魔力だって聞いたけど」
「じゃあアメリアも感じたことはないんだ。エイブリーは?」
「魔力は魔法を繰り返し使っていると強くなると言われているが、魔法を使わずにその強さを調べる方法は知らないな……って、なに普通に話しかけてんだ! 馴れ馴れしくするな」
「えー、いいじゃない」
また顔を真っ赤にして顔を背けるエイブリーの後頭部を見ながら、どうやら魔力というのは私のイメージするようなものではないらしいと分かって、安堵するやらがっかりするやら。
でも、改めて考えると私達はどうやって魔法を使っているんだろう?
心に思い浮かべるだけで魔法は使える。でもその割に妄想から魔法が暴発したという話は聞いたことがない。
なんだか不思議だ。どういう仕組みで魔法が発動するんだろう。あと早く魔法を制御できるようになりたい。
◇◆◇
次の日、学院にやたらと沢山の大人達がやってきた。今度は何のイベントが始まるの?
「昨日の噂を聞きつけた国の偉い人が勇者様の様子を探りにきてるのよ。もう国軍と魔法研究所でクラリーヌの将来を巡ってにらみ合いが起こってるみたいよ」
なにそれ、本人の意向完全無視? 行くなら研究所がいいけど。
昨日の噂と言えば、昨夜アンナも「聞きましたよ、ロンド家のご令息と仲良くなったそうじゃないですか!」とか満面の笑みを浮かべながら言ってきた。例の「金持ちの息子をつかまえる」という謎ミッションの話だ。
どこの大人達も、六歳児に何を期待してるんだか。