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モンスター

 王立魔法学院に入学して3ヶ月が過ぎた。魔法理論の基礎は一通り習い、私も簡単な魔法は思ったように使えるようになってきた。たまに失敗して超威力の破壊魔法を発動しちゃうけど、六歳児だから仕方ないよね。


 エイブリーは頑なに私から雷の魔法を教わろうとしない。


 アメリアもそれなりにサマになる魔法を使うようになった。


 そんな私達に、シルヴァニア先生が新たな課題を出すという。


「皆さん、モンスターを見たことはありますか?」


 モンスター? そんなのいるんだ。魔王が魔族の王じゃないからよくある魔物的な存在もいないのかと。


 教室ではチラホラと手が上がっている。街道沿いにいるのを馬車から見たって子が多い模様。


「皆さんは魔王の脅威から人類を守るために魔法を学んでいますが、実際のところ魔王が人類に害をなすことは稀で、このモンスターと呼ばれる生物群が当面の脅威となります」


 そりゃそうよね。魔王なんかが頻繁に襲ってきてたら、もっと世の中大騒ぎになってるはずだもん。


「そこで、ある程度魔法を扱えるようになった皆さんには学院周辺に出没するゴブリンを退治してもらいます」


 ゴブリン! ファンタジーで最初に現れる雑魚の座をスライムと争ってるやつ!


 戦うのは好きじゃないけど、魔法使いは戦うのが使命らしいから諦めるしかない。まあゴブリンぐらいなら楽勝でしょ。


「ゴブリンだって。あいつらいたずらばっかりする妖精だけど、人間に敵意を持ってるから駆除しないとってお父様が言ってたわ」


 アメリアは親からゴブリンのことをよく聞かされているらしい。私のお父様は食べられる雑草の種類とかを熱心に調べていたけど。


「一人最低一匹のゴブリンを仕留めてきてください。証拠としてゴブリンの首を持ち帰るように」


 なにそれこわい。学院の授業って思ったより殺伐としてるのね。


「クラリーヌさんは勢い余ってゴブリンを粉々にしないように注意してくださいね」


「周辺を焼き払って全部灰にしないでね、首が刈れなくなるから」


 先生に続いてアメリアまで私に釘を差してくる。私の扱い酷くない?


 それにしても、子供達はゴブリンの首刈りに抵抗が無いようだけど、私の感覚がおかしいの?


「領民の生活を守るのも貴族の仕事だからな。みんな畑を荒らす害獣を狩る親を見て育っているんだ」


 エイブリーがいきなり解説を始めた。もしかして、私の顔を見て考えを見透かした?


「ま、貧乏貴族のお前んじゃ、畑の雑草を抜いて夕飯のサラダにするぐらいのことしかしていないだろうが」


 なぬっ? まるで見てきたかのように我が家の内情を言い当ててきた! なんかそういう魔法でもあるの?


「けっこう美味しいよ、雑草」


「クラリーヌ、そこは否定するところよ」


 なにはともあれ、私達は学院の外に出てゴブリン退治に向かうのだった。


◇◆◇


「風の刃よ、ゴブリンの首を刈れ」


 色々あって面倒くさくなった私は、ド直球の呪文を唱えて杖をゴブリンに向けた。一気にクラス全員分のゴブリン首が出来上がる。


「ふっ、私が本気を出せばこんなものよ」


「そういうのは百匹以上血の霧に変える前にやってくれ」


 うぐっ。


「よかったー、危うく全員課題をこなせなくなるところだったよ」


 うぐぐっ。


……細かいことは置いといて、無事に課題を達成した私達は、学院に戻ることにした。


「ゴブリンを探してだいぶ遠くまで来ちゃったね」


「学院周辺のゴブリンは全て灰になったからな。まさか他のやつが退治したゴブリンの死体まで全部爆発させるとは、ある意味丁寧な仕事ぶりだ」


 ぐはぁっ!


 なんやかやあって、私達は学院からかなり離れた森の中にいた。……深く詮索しないで。


「それにしても凄かったねー、クラリーヌはゴブリンからゴブリン虐殺者スレイヤーとして恐れられるよ、きっと」


 ゴブリンの首を荷物に入れて、学院の子供達は帰路につく。そこに突然、大人が激しく争う音が聞こえてきた。


『ガルルルル!』


「隊長! アルスがやられました!」


「くそっ、まさかこんなところにフェンリルの群れがいるなんて。一点を集中攻撃して包囲網を突破しろ! 誰か一人でもいい、生還してこの事態を報告するんだ!」


 なになにっ!? めっちゃ緊迫した状況じゃない。フェンリルの群れってなに?


 周りの子達を見回すと、みんな一様に青ざめて震えている。ただ一人を除いて。


「国王直属の騎士団だ。助けないと!」


 他の子が止める間もなく、エイブリーが音のする方へ駆け出した。


「待ってエイブリー、私も行く! みんなは先に帰ってて」


 いかにも危なそうな現場に向かっていくエイブリーを放っておくわけにはいかない。後を追って木々の間を抜けていくと、すぐに立派な鎧を着た大人達を見つけた。その周りを、見上げるほど大きな狼が何匹も囲んでいる。これがフェンリルか。


 いや、おかしいでしょそのサイズ! 狼の頭が森の木の上から見下ろしてるんだけど!?


 あれ、このサイズ感で周りを囲んでるってことは、アメリア達もフェンリルの包囲網の中にいるってことじゃないの!


「なんだ君達は! 子供がこんなところに来ちゃいかん!」


 それはそうだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。


「隊長! あの紫の髪をした女の子は噂の勇者様ですよ!」


 騎士の一人が私を指差して言う。紫? 私の髪はピンク色じゃなかったっけ?


「なんでもいいから逃げるぞ! 俺はエイブリー・ロンドだ」


「ろ、ロンド公爵家のお坊ちゃんまで! なんてことだ」


 確かに貴公子様がこんな魔境のような場所にいたら騎士としては困ったところだけど。その原因が私とは言えないけど。とりあえず悠長に話してるとフェンリルが襲って……こないな?


 さっきからペラペラ会話してるのに凶悪なモンスターが襲ってこない。不思議に思って上を見ると、いくつもの狼の頭が唸り声を上げてこちらを警戒している。


 どうしようかと悩む私の目に、大怪我をしている騎士の姿が映った。さっき聞こえてきたアルスさんかな? このままだと確実に死んでしまう。治療しないと!


「ええと、怪我を治すのは傷ついた部分の細胞とかが作り直されればいいのかな。さすがに人体の構造はよくわからないけど」


 私はアルスさんに杖を向けて、傷ついた体が修復されるイメージを頭に思い浮かべた。


「いたいのいたいの、とんでいけ!」


 効果を具体化させるいい呪文が思い浮かばなかったので、とにかく治れと祈りやすい言葉を選んだ。


 すると、アルスさんの体からまばゆい光が放たれ暗い森を明るく照らした。


『ギャンッ!』


 フェンリル達が嫌がる声が聞こえる。この光が苦手なようだ。これは嬉しい想定外!


「おおっ、フェンリルが逃げていく!」


「そんなことより、アルスの傷が!」


 絶体絶命の危機が去ったことすら〝そんなこと〟扱いされるほどに、私の魔法は上手くいってアルスさんの怪我が完全に治ってしまった。


「まさか、伝説の治癒魔法を使うなんて……」


 また伝説? もうお腹いっぱいだよ。騎士達が私に向かって跪く。うわあ、嫌な予感。


「ありがとうございました、聖女様!」


 ええーっ、今度は聖女なの!?

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