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信仰という名のボトルネック

 学院に帰ってきた私の周りに、とんでもない人だかりができている。老若男女問わず、とにかくここに立ち入りを許されている全ての人間が集まってきた。理由は言うまでもない。


「勇者様!」


「聖女様!」


「聖勇女様!」


 混ざった!?


 呼び名はともかく、伝説の勇者であり伝説の聖女であるらしい私と繋がりを持ちたい人間はいくらでもいるし、それ以外は珍しいから見てみたいという野次馬根性でやってきた連中だ。繋がりを持ちたい人間には、具体的に私の魔法を求める人も多い。


 なぜなら、現時点で人の怪我を治す魔法が使える人間はこの世界に私一人しかいないからだ。


 世界情勢とか考えるまでもなく、ヤバいにきまってる。さすがに良からぬことを企む人間は学院長がシャットアウトしているけど。


 そして、私のすぐ隣に立ち詰めかける人々を押し止めている人物がいた。王宮騎士のアルス・アクスウィッチだ。私に命を救われた恩を返すために私の身辺警護をしたいと王様に申し出て、正式に私の護衛をする任務を与えられたという。


「皆様、落ち着いてください。それ以上近づくと聖女様に危害を加える可能性ありと見て、この剣で真っ二つにしますよ」


 怖っ!?


 ほっそりとした顔に黒い髪、切れ長の目を持つ背の高い青年が凄むと、必死に救いを求めて集まってきた人達も怯えてしまう。


 この人達はだいたいみんな騎士のアルスよりは偉いのだけど、国王陛下より直々に与えられた護衛任務を遂行しているアルスに逆らうということは国王陛下に逆らうということでもある。


 なんにせよ、こんな状況では授業もままならないので一人ずつお話を聞く時間を作って、順番はあらかじめ話を聞いたアンナが緊急性を考慮して決めることになった。


「うふふ、私の機嫌が良かったらちょっと順番が早くなるかも?」


 露骨に賄賂を要求する侍女である。


「……後から来た人の方が重傷だったらアンナの給料減らすね」


「そんな〜」


 馬鹿な会話を交わし、授業に向かった。なおこの前の課題については一応ゴブリンの首を持ち帰ったので全員合格になった。ふー、危ない危ない。


「フェンリルの群れか……クラリーヌ嬢も目にした通り、フェンリルというのは巨大な狼でな。かつてこの世に災厄をもたらしたという伝説の狼神、その影がひとりでに歩き出したモンスターじゃ。実体のある生物ではなく、現世に干渉できる闇の塊とでも言うべき存在なので、聖女の光で撃退できたのじゃろう」


 騎士団を襲ったフェンリルの群れについて学院長先生に尋ねたら、こんな解説をしてくれた。なるほど、実体がない影だからあんなに大きくなれたのね。


◇◆◇


 伝説の聖女というのがどういうものか分からないので、陳情者から話を聞くついでに尋ねてみた。


「伝説の聖女様ですか? かつて勇者フルモ様と共に魔王を退治したお方です。神に祈りを捧げ、神と対話することで人の怪我や病気を神に癒していただける力をお持ちでした」


 ん? 神に癒してもらう?


「それをできる人は、今まで他にいなかったんてすか?」


「ええ、誰もが神に祈りを捧げ治癒の奇跡を求めてきましたが、成功した者はいませんでした。クラリーヌ様が現れるまでは」


 んんんん〜、なんか分かってきたぞ。雷は光を出そうとしていたから誰も使えなかった。治癒は神に癒してもらおうとしているから誰も成功しなかったというわけか。


 だって、人の怪我や病気を治すのは、その人自身の治癒能力だもの。


 現代地球では一般的な知識だけど、この世界では解明されていないんだ。だから誰も治癒魔法を使えない。


「ありがとうございます。それで、治してほしい人はどちら様ですか?」


「はい、それは私の一人息子でして。原因不明の病気でずっと寝込んでいます。薬師も手の施しようがないと」


「原因不明ですか、それだと私では治せないかもしれませんけど、やれるだけのことはやってみますね」


 その息子さんはベッドごと馬車で運んできたそうで、すぐに案内される。


 具体的なイメージといっても、私は医学にまったく詳しくないしな……テレビでたまに見る怪しげな家庭医学ぐらいの知識しかないけど、どうしたもんか。


 ベッドに横たわり、苦しげな息をする少年を観察する。


 駄目だ、よくわからない。こうなったらダメ元で……。


「免疫機能よ、悪いものを身体から追い出せ!」


 白血球だかT細胞だか、なんかそんな感じのやつが身体の中でよくあるバイキンみたいなのを撃退するイメージ。


 すると、少年の身体が光り輝いた。やったか?


「うう〜ん、あれ? ここどこ? お腹空いた」


 やった。少年はすぐに目を覚まし、何事もなかったかのように食事を要求する。依頼してきた貴族のおじさんは号泣しながら少年を抱きしめるのだった。


 そして、またこの出来事が一気に広まるのである。げんなり。


 でもまあ、別に正確なイメージである必要はなさそうということが分かったのは大きい。これなら……。


 これなら、みんなに教えて産業革命ならぬ魔法革命が起こせる!


◇◆◇


「それを他人の前で口にしてはいけません」


 その夜、さっそく自分の思いつきをアンナに話したらかなり強い口調で却下された。


「えーなんで? みんなが治癒魔法使えたら超便利じゃん」


「そういうことではありません。お嬢様は人の怪我や病気を治すのは人自身の力だとおっしゃいました。それは正しいのかもしれませんが、この国でそんなことを口にすれば神への冒涜とみなされて火あぶりの刑に処されますよ。ましてやそれが聖女様だなんて、どれほどの混乱が起きることか」


 私の知識はこの国、いやこの世界の信仰を真っ向から否定するものだというのだ。


 なるほど、確かに信仰というものは常に真実よりも優先される。地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは、どんなに証拠を出しても認められることなく異端者として軟禁されたという。


 信仰を否定することは、人々の生きる意義そのものを否定するのと同じことなのだ。


「……でも、それじゃ永遠に誰も治癒魔法を使えるようにならないよ」


「いいじゃありませんか。これでお嬢様はこの世界を掌握したようなものです。どんな権力者も、お嬢様に逆らって機嫌を損ねることはできないでしょう」


「それ、魔王と変わらないじゃん!」


 あれ? 何かがいま、頭の中で形になりそうな。


「メロンパンを毎日作らせることだってできますよ」


「それはちょっと惹かれる!」


 アンナめ、なんて魅力的な提案をしてくるんだ!


 いま何か思いついたような気がしたけど、忘れてしまった。まあ、すぐ忘れるようなら大したことじゃないよね。


 なにはともあれ、勇者と聖女を一人で兼任するのは無理がある。治癒魔法が信仰の否定になるというなら、やはり雷の魔法を誰かに教えるしかない。


 エイブリーがその気になってくれれば話は早いのになあ。

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