次の日から、私は再びエイブリーに雷の魔法を教えるためにあれこれとちょっかいを掛けては拒否されつつ、もう一つの道も探っていた。
治癒魔法を教えられそうな人間を探すのだ。アンナには強く止められたけど、要は信仰の否定を受け入れられ、さらにそれを他人には秘密にする分別も持ち合わせた人物がいればいいのだ。
そんなわけで、さりげなく信仰心についてのリサーチを開始した。もちろんこちらも難航する。仮に信仰心が薄い人物がいたとして、それを聖女である私に明かすようなことをするはずもない。
もし私に向かって「私、神様とか信じてないんですよねー」とか言い出すような人間がいたら、それはそれで分別のある人間とはとても考えられない。
「前途多難だわー」
授業の合間の昼休み。私はメロンパンをかじりながら誰にともなく呟いた。この前息子を助けた貴族がお礼をしたいと何度も言ってくるので、記憶を頼りに製法を伝えて再現してもらったのだ。
とても美味しく出来ているけど、前世でよく食べたコンビニのメロンパンと比べると上品すぎる気がした。たぶん最高級の材料を使って最高のパン職人に依頼したに違いない。心がこもり過ぎている。
私が食べたいのはもっとこう、なんていうか水なしで食べたら喉を詰まらせそうな、いい意味で雑な感じのメロンパンなのよ。あんまりチヤホヤされるのも困りものね。
「エイブリーは本当に強情ね、せっかくクラリーヌが勇者の魔法を教えてくれるって言ってるのに」
私の呟きを耳にしたアメリアが相づちを打ってくる。この子も魔法の腕はだいぶ上達しているのだけど、勇者に仕立て上げるには説得力がね……治癒魔法を教えられそうな雰囲気もないし。
隣に無言で立ち続けているアルスを見上げる。彼の魔法の腕はよく分からないけど、雷の魔法を教えてみようか。名前もなんか勇者っぽいし。
「ねえ、アルスは魔法得意?」
「学院に通う皆様のようには上手く使えませんね。私には剣を振るのが向いているようです」
まあそんなところだろうとは思ったよ。騎士ってどちらかというと治癒魔法を使うイメージだし。(偏見)
「うーん、アルスってどの神様を信じてるの?」
聖女扱いされるようになってからこの世界の宗教について真面目に調べたのだけど、基本的にはみんな同じ宗教を信じているようだ。だから何教みたいな名前はないのだけど、多神教なので信じるというか、忠誠を誓う神によってなんたら派みたいな呼び方をする。一番ポピュラーなのが最高神とされるミラマーを信奉するミラマー派だ。
「命を救って頂いたあの日から、私の神はクラリーヌ様ただ一人です」
いや、そういうのいいから……と思ったけど目が本気と書いてマジだ。
「あ、そう……」
そんな話をしていると、噂のエイブリーが血相を変えて走ってきた。
「どうしたのエイブリー、廊下を走ると怒られるよ」
偉そうな態度を取るけど育ちのいい大貴族のお坊ちゃんだ。行儀の悪いことはまずやらないのだけど、珍しいね。
「クラリーヌ! お、俺に……俺に雷の魔法を教えてくれ!」
なんと!? あんなに頑なに拒否してきたエイブリーが、自分から教わりにきた。絶対なにかあったけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。このチャンスを逃してはいけない。
「なにかあったの? あんなに自力で覚えるって言ってたのに」
アメリアが当然の疑問を述べるけど、無駄話はあとにしてもらおう。
「じゃあさっそく教えるね。まず一番大事なこと! 雷の魔法は光属性の魔法じゃないんだよ」
アメリアを遮るようにして、何よりも重要なことを伝える。この固定観念こそが、誰も雷の魔法を使えなかった最大の理由だと思ってるから。
「光属性じゃないだって? あんなに眩しく光るじゃないか」
案の定、信じられないといった顔をするエイブリーとアメリア。なおアルスは無表情だ。私はニヤリと笑って人差し指を立て、言う。
「光は雷の本質じゃない。火だって明るく光るけど光属性じゃないでしょ?」
「そう言われれば……」
「じゃあ、雷は何の属性なんだ?」
アメリアが納得し、エイブリーは納得がいかないような顔をして質問してくる。
「分類的に何属性って呼ぶのかは分からないけど……雷は電気だよ」
「でんき?」
ここで二人ともまったくピンとこない様子で首をひねる。そうだよね。この世界、電気を使ってないもの。
私も雷の仕組みや電気というものについて詳しいわけじゃない。義務教育で習った知識の残骸がほんのちょっと頭に残ってるだけ。
でも、私が知っている限りのことをエイブリーに教えた。言葉で説明して、絵で描いて、魔法で電気を生み出したりもした。
そして――
「雷よ、カカシを撃て!」
エイブリーの杖から雷が放たれ、カカシの的に命中した。周囲には大人の貴族達がいる。私目当ての連中だったけど、二人目の勇者誕生に色めき立つ。
よかった、これで魔王退治はエイブリーに任せて……ってわけにもいかないか。私は聖女でもあるし。でも負担は確実に減るよね。
「見事だエイブリー、お前はロンド家の誇りだ」
その場にいたエイブリーの父親、ロンド公爵が拍手をする。よかったよかった。
「ではお前もクラリーヌ殿と共に魔王討伐の旅に出ることを許そう。勇者としての使命、果たしてみせよ」
ん? いきなり魔王を倒しに行くの? 私達まだ魔法学院に入学したばかりなんだけど。ていうか魔王ってどこにいるのか知らないんだけど。
「クラリーヌ様のことは私が命に代えてもお守りします!」
アルスが私に言う。守ってくれるのはありがたいけど、なんか暑苦しいな。
「勇者と聖女以外は旅に出ることを認められぬぞ。正確には雷か治癒の魔法が使える者のみだ」
えっ、それ私が一人旅する予定だったってこと?
「それは困ります、ロンド公爵! 私は国王陛下より聖女様の護衛を命ぜられているのです」
「これも国王陛下の命令だ。こちらも心苦しいが、やむにやまれぬ事情があるのだ」
アルスの抗議も却下された。なんか事情があるみたいだけど、こっちもいきなりそんな話をされて大人しく旅に出る気はないよ?
「その事情というのは教えて頂けるんですよね?」
「もちろんだ、クラリーヌ殿。貴女に納得して頂けなければ、全ては無に帰す話だ。このような唐突で無茶な要求を通そうというのだ、国王陛下も最大限の誠意を尽くすと仰られている」
ふむ、ちゃんと説明してくれるならとりあえずは従っておこうか。ちょっと思いついたこともあるし。
「雷か治癒の魔法が使えればいいんですよね?」
私は不敵な笑みをロンド公爵に向けると、アルスを連れて自室へと向かうのだった。