「アルス、私のことを神って言ってたよね?」
私の部屋にはアンナとアルスしかいない。さすがに勝手に入ってくる人間はいないし、盗み聞き対策で部屋を固定化した空気で覆った。音は空気の振動で伝わるから、振動しないようにすれば完全な防音が可能なのだ。難点は外の音も聞こえなくなるところ。
「私の信じる神はクラリーヌ様ただ一人です」
アンナが怪物を見るような目でアルスを見ている。うん、どう見てもカルトの狂信者だね。
「アルスの怪我を治した魔法、神の力で治したんじゃなくて、アルス自身の治癒力を増幅させて治したんだって言ったら、どうする?」
神と慕う私から真実を語られたらどんな反応をするだろうか。とりあえずいきなり暴れだされたら困るから断言はしなかったけど、あんまり意味はないかも……。
「存じております」
アルスはこともなげに私の言葉を肯定した。えっ、私が神パワー的な何かで治したと信じてるわけじゃないんだ? ていうかこの世界の信仰的にこの人いろいろヤバくない?
「クラリーヌ様の魔法をこの身に受けた時、自分の身体に力がみなぎるのを感じました。熱く燃えたぎるような血と肉が、フェンリルに切り裂かれた身体の空隙を埋めていったのです」
「そういう感じなんだ」
なんかアブない人みたいな言い方だけど、私がイメージしたのとだいたい同じだったからアルスの感覚は信用できる。これなら話は早そう。
「私がこのイメージを利用して治癒の魔法を使えば、クラリーヌ様の護衛として旅に同行できるというわけですね」
早すぎる!
まだ何も言ってないけどアルスは私の考えを正確に理解していた。
「お嬢様、旅というのは?」
アンナが怪訝な顔をした。さっきの話だとアンナはついてこれないんだよね……侍女がいないのは困るんだけど。事情を話すと、アンナは予想に反してにっこりと微笑んだ。
「それならご心配に及びません。侍女は〝持ち物〟扱いですから」
そうなの!? アイテム欄に『アンナ』って表示される感じ? それでいいならアルスも持ち物でよくない?
「……まあ、それならいいとしてアルスが治癒魔法を使えてもおかしくない言い訳を考えよう」
「クラリーヌ様の治癒魔法を受けたことによって、私の身体が神の力を借りる媒体の一つとなり、クラリーヌ様に加護を授けられることで間接的に治癒魔法を使えるようになったということにしましょう」
アルスがなんかそれっぽい言い訳をペラペラ喋りだした。そういうの考えるの得意なの? 信じてもいない神の力を借りるとかよく言えるね、狂信者なのに。
「私にとって何よりも大切なことはクラリーヌ様のお側に仕えてこの身を危害から守る盾とすることです。そのために必要ならいくらでも話を作りましょう」
◇◆◇
「いたいのいたいの、とんでいけ!」
呪文はそのままなんだ……。
アルスがロンド公爵の前で治癒魔法を披露する。ちょうどさっき転んで怪我をした子がいたので、実験台になってもらった。私もアルスが本当に治癒魔法を使えるようになったのか分からなかったし。
「なんと! 本当に治癒魔法を使えるようになるとは。聖女様の加護とは素晴らしいものですな」
アルスが口八丁で語ったデタラメをまるっと信じたロンド公爵が嬉しそうにしている。当然アルスの同行も許可されたのだけど、何故かエイブリーが不満そうな顔だ。変な人だけど大人の騎士がついてきたほうがよくない?
「では出発は一週間後で。まずは王宮に向かい、この度の経緯を国王陛下ご自身からお聞きください」
いったい何があったのやら。エイブリーは知ってそうだけど、ここまで何も言わないんだから私に伝えるつもりはないんだろう。王様から直接聞くのも大事だしね。
「本当にクラリーヌもエイブリーも旅に出ちゃうんだ……」
「ほんと困るよねー、まだ入学したばかりの子供に旅させてさあ」
寂しそうに呟くアメリアに、私は精一杯おどけた口調でぼやいてみせた。場合によっては今生の別れになるかもしれないのだ、なるべく暗くならないようにしたい。
私だって魔王と戦うなんて嫌だ。最初からずっと正直に言ってる。でも、この世界に生まれ育った六年間は、前世のなんとも言えない人生と比べてずっと楽しかったし、幸せだった。そんな世界を守りたい気持ちが、生まれないわけがない。
たぶん頼りになる仲間もいるし、そう悲観するもんでもないよね。
◇◆◇
旅立ちの前日になった。あれからアメリアはずっとぼんやりして何か悩んでいるようだ。友達と別れることになるんだから仕方ないけど、どうせなら思い出作りに沢山遊びたかったな。
エイブリーは何かと偉そうに勇者の心得とかを私やアルスに語ったりしてくる。きっと心が落ち着かないんだろうな。勇者になりたかったって言っても、本当に命がけの旅に出るとなったら緊張もするだろう。ここはお姉さん(アラフォー)の私が優しく見守ってあげないとね。
「ねえクラリーヌ、ちょっと来てくれる?」
授業の合間の休み時間。急に覚悟の決まった顔をして、アメリアが私を学院の三階にあるバルコニーに連れてきた。ここでお別れのハグでもするのかな。けじめをつけるのは大事だね。
「あのね、クラリーヌ。やっぱり私も一緒に行くことにしたわ」
「えっ?」
予想外の言葉を口にするアメリアに、私は言っている意味がわからず眉をひそめた。するとアメリアは笑いながらバルコニーの柵に登る。
「治癒魔法が使えれば、一緒に行けるんだよね?」
そう言った次の瞬間、私が止める間もなくアメリアは空中に身を投げたのだった。