――自立したかっこいい女性になりたかった。
小学生の頃から女の子向けのファッション誌を読んで、化粧をしたり背伸びした服を着たりして。
くだらないことで盛り上がる男子のことを幼稚で馬鹿だと見下し、気の合う仲間グループと共に笑い者にしていい気になっていた。
高校は普通科で、勉学に励むでもなく派手な化粧をしたりネイルに力を入れたりして、どれだけ自撮り写真を盛れるか競って、カレシのできたクラスメイトのことは表向き応援しながら本人のいないところで陰口を叩いて盛り上がったり。
偏差値の低い大学に入り、テニスサークルという名の飲みサーに所属して遊び呆けた四年間の末に、聞いたこともない中小企業に就職したら、ブラック労働の果てに安アパートで一人暮らしの酒浸り生活を満喫するようになっていた。
人生の中で思い描いた夢はことごとく破れ、いつの間にか〝おひとりさま〟生活にも疑問を抱かなくなっていた私が、本当に叶えたかった夢は「お嫁さんになること」だったと気付いたのは、目の前に暴走車が迫ってきた瞬間だった。
◇◆◇
「アメリア!」
バルコニーから身を投げた友達を追って、風の魔法で空を飛び地面に降りる。
三階という高さは、無傷でいられるほど低くはないが、打ちどころが悪くなければ命に別状はない程度だ。もちろんそこまで分かっていて選んだのだ。
横たわるアメリアの周りの地面には血の染みがじわじわと広がる。大怪我をしているが、息があるのも分かった。
「私も……神の力の媒体に……」
痛い思いを長く続けさせるわけにはいかない。私はすぐに治癒の魔法を使う。
「いたいのいたいの、とんでいけ!」
血だの肉だの言うより、この呪文が怪我の治療には適しているようだ。大切なのは強くイメージすることで、呪文はただの補助でしかない。別に何も唱えなくたっていいのだから。
アメリアは積極的に仲良くしてくれた子だ。勇者と呼ばれ、強力な魔法を使う私の隣にずっといて、彼女自身の魔法の腕前は一般的な六歳児のもの。そして私は才能あふれるエイブリーのことばかり追い回して、勇者の魔法を教えようとしてきた。
いつも笑顔で私を褒めてくれた彼女は、心の中でどれほどの劣等感に苛まれていただろう。
アルスのついた嘘を信じたのはロンド公爵だけじゃない。自分も怪我をして私に治してもらえば治癒魔法を使えると考えたアメリアは、それでもわざと怪我をする恐怖、命がけの旅に同行する恐怖と戦っていたのだ。
「凄いね、本当に怪我が治っちゃった」
「アメリア……思い詰める前に、私に相談して。間違えて死んじゃったら取り返しがつかないんだよ」
ケロリとした顔で笑うアメリアを軽く叱って、私は治癒魔法の真実を彼女に教えたのだった。
◇◆◇
「いいでしょう、このメンバーで王宮に向かって下さい」
エイブリーと同じブラウンの髪を肩まで伸ばしたロンド公爵が、その髪を手で払いながら言う。そういえば私の髪の毛って結局何色なんだろう?
自分の髪を一房つまんで目の前に持ち上げると太陽の光に照らされて銀色に光っている。どう見ても母親ゆずりのプラチナブロンドだ。何かの色を反射して別の色に見えるのかもしれない。
旅のメンバーは、私(勇者兼聖女)、エイブリー(勇者)、アルス(聖女?)、アメリア(聖女)の四人と何故か持ち物扱いのアンナである。
「エイブリーとアメリアは侍女を連れてこなくていいの?」
「勇者がそんなの連れていけるか!」
私は連れていくけど?
「私はじいやが姿を隠しながらついてくるわよ」
堂々とついてきていいのよ?
「私はクラリーヌ様の護衛ですから」
うん、アルスには聞いてない。
こんなパーティーで大丈夫なのだろうか。少し気温が下がってひんやりとした風が、少し不安になった私の頬を撫でた。
「ロンド公爵が大きな馬車を用意して下さいました。王宮まではこれで行きましょう」
アンナが私達を案内して馬車へ連れていく。
「モンスターの襲撃にはお気をつけ下さい」
見送るロンド公爵や学院長先生に手を振って、私達は王宮に向かうのだった。
◇◆◇
「神のお告げがあったのです」
王宮は魔法学院から馬車で一時間ほどのすぐ近くにあった。全然知らなかったんだけど。教えられたら急に遠くにある城が見えるようになった気がする。
それてやってきた王宮で王様に謁見すると、開口一番そう言ったのだった。王様の名はハーバード三世とか。長い口髭をたくわえた、白髪の老人である。学院長とキャラ被るね。
「納得できないから帰ろうか、みんな」
何か切羽詰まった事情があるのかと思ったら、神のお告げときたもんだ。まあ、信仰が全てみたいなこの国で神様の声が聞こえたってなったら一大事なのはわかる。
「お待ち下さい! 先日この場所にミラマー様が降臨なされたのです。聖女様なら神のご意思も確認できるでしょう?」
そんなのは知らないけど、面倒だから適当に流すか。
「私の神はクラリーヌ様だけです」
アルスは黙ってて。
「ミラマー様はこう告げられました。『魔王を討ち果たす時がきた。雷の使い手と治癒の使い手を討伐の旅に向かわせよ』と」
なんだかめっちゃ胡散臭い。全然〝その時〟感がないんだけど。王様の説明によるとミラマー神はこの世にあらざるメカメカしい姿をしていたらしい。見たことない姿を説明する言葉が正確とは思えないけど、私は機械っぽい印象を受けた。
確かに電気もないこの世界に機械がいたら異質感が満載だ。でもそいつが八人の魔王の誰かってことない?
ここはもうちょっと慎重に判断した方がいいと……
「支度金として百万ゴールド用意しました」
「行きまーす!」
というわけで、王様の誠意ある説得により私は旅立ちを了承したのだった。誠意って大事だね、うんうん。