金に目がくらんで……もとい、王様の誠意ある説得により私達は魔王を倒す旅を開始した。
「魔王はこの世界の各地に潜んでいます。国を治めているわけではないので、探しにいかなくてはなりません」
アンナが大臣らしき人から渡された説明書を読んで案内してくれる。なにそれ超面倒くさい。絶対隠れてる奴とか人間の振りしてその辺をぶらついてる奴いるじゃん。
「二百年前に勇者フルモが魔王を倒したんだから、今は七人ってことでいいんだよね?」
「おそらくは」
断定してくれないと不安になるんだけど。倒したら次の魔王がポップ(※登場の意味)するとかいう地獄みたいな世界かもしれないじゃない。
「なんでもいいから早く出発するぞ。伝承通りに、まずは精霊に力を授けてもらうんだろう?」
「そうなんだ。さすが勇者に憧れてただけあってよく知ってるね」
「貴族の常識だろうが!」
エイブリーは当然のように次の目的を知っていた。全然説明がないから無責任な大人に丸投げされたのかと思ってたけど、魔王退治のお約束なルートがあるのね。本気で興味なかったから調べもしなかったよ。
「うふふ、クラリーヌもエイブリーもいつも通りね」
アメリアが楽しそうだ。なんだか学院の実習に出てるみたいな空気になってきたね。変に思い詰めるよりはいいと思うよ。
「それでは最初の目的地、風の谷ドンカークへ向いましょう」
騎士のアルスが先頭に立って歩き始める。本当に常識なんだ。何も考えずについていけばいいのは楽ちんだね。
馬車は使わず街道を歩いていく。馬の世話や車の整備を考えると歩いた方が楽だからだ。急ぐ旅でもないのでピクニック気分で歩き出すと、明るい陽の光に照らされた街道沿いの草木が色鮮やかに見える。こころなしか頬を撫でる風が温かくなったように感じた。
「いい天気だねー」
遠くの方で私達に気付いたゴブリンの群れが物凄い勢いで逃げていく。
「モンスターが襲ってこないのは平和でいいね。なんで魔王を倒さないといけないんだっけ?」
「言っておくが、ゴブリンが逃げたのはお前を恐れたからだぞクラリーヌ。あと魔王とモンスターは関係ない」
「ゴブリンは目がいいもんね」
えっ、なんか私責められてる? ゴブリンに好かれるよりいいでしょ!
◇◆◇
しばらくして、私達は風の谷ドンカークに到着した。近い。子供の足で一時間ぐらいだ。王宮もそうだったけど、すぐ近くに前からあるのに存在を知らないとそこにあることにすら気付かないんだね。世の中そんなもんか。
「ドンカークは見ての通り、切り立った崖に挟まれた地です。崖の間を常に風が吹き抜けていくため風の谷と呼ばれています」
先頭を行くアルスが解説してくれる。なるほど、ドンカークは大きな山の真ん中に切れ目を入れたような地形をしている。上の方を遠目から見ると谷の両側は鋭く尖った岩が向かい合っているみたいな形。エイカークに名前を変えた方がいいんじゃないの。吹いてくる風は熱くもなく冷たくもなく、心地良い。
「風の精霊が住むと言われますが、勇者の前にしか姿を現さないので、その姿を見た者は生存していません」
ほうほう、勇者フルモが魔王を倒したのが二百年前だから、見た人はみんな死んじゃってるわけね。長生きな種族とかいないのかな。
『勇者の前にしか姿を現さないわけじゃないさ。資格ある者以外には私の声が届かないだけ』
谷から吹く風に乗って、女性的な声が聞こえてきた。これが風の精霊かー、なんか風の精霊っていうと若いイメージあるけど、この声はおばさ……こほん、大人の女性っぽい。
「資格ってなんですか?」
声が聞こえてるのは誰かなと周りを見ると、表情と顔の向きからとりあえず幼児組は聞こえているみたい。アルスは何故か私を見てるのでよくわからない。アンナはどっちでもいいや。
『それは私にもよく分からないけど、記憶にある限り私の声が聞こえた人間は全員が基本四属性以外の魔法を使えたよ』
なるほど。治癒魔法は何属性なのか分からないけど、アメリアが聞こえてるってことは基本四属性以外なんだろう。
「それはつまり勇者と聖女以外には聞こえないということでしょう?」
エイブリーが声をかける。個人的にはそんな単純なものじゃないと思うけど、この世界の人間のルールとしてはそういうことになるんだろうね。
『ふふふ、茶髪君はそう思うかい? でもピンクちゃんはそう思ってないようだね』
なにその呼び方。髪の色で判断してるの? ってことは風の精霊には私の髪がピンクに見えるんだ、アメリアと同じか。なんで見る人によって色が変わるんだろう。気になるなー。視線が私に集中する。
「ええと、変わった属性の魔法を使えるかどうかは、生まれ持った魔力とか才能ではなく、そういう属性の存在を知っているかどうかだと思います」
そうでなければ、アルスやアメリアが治癒魔法を使えるようになったことの説明がつかない。エイブリーもどう見ても天才なのに、電気のことを知らないうちは雷の魔法を使えなかった。
『ふふふ、じゃあピンクちゃんに質問だ。この世に〝元素〟はいくつあると思う?』
元素? 元素ってあれよね、すいへーりーべぼくのふね。
「ええと、確か百個以上あったような」
私が答えると、エイブリーがいつものように怒鳴り声を上げた。
「何を言ってるんだ、火水土風の四元素とその組み合わせで属性が決まるってシルヴァニア先生が言ってただろ!」
そういえばそんなことを授業で習った気もする。そっちの元素かー。
『あっはっは、ピンクちゃんが正解だよ。確かに人間の世界では茶髪君の言う認識が正しいことになっている。でもそれはこの世界の真実が見えていないだけだ』
楽しそうな笑い声と共に、私達の目の前で小規模な竜巻が生まれたかと思うと、その中から立派な体格の女性が現れた。緑色の髪と金色の目、それに高い鼻。たぶん痩せていたら凄い美人だと思うんだけど……いや、痩せていなくても美人は美人か。固定観念に囚われてはいけない。
「ピンクちゃんがどこでその知識を手に入れたのか、興味があるねぇ」
実体を表した風の精霊から発せられる声は、先ほどまでのように周辺に響く感じではなくて、普通に人間が喋るのと同じような音に聞こえた。たぶんこの状態になると誰の耳にも届くんじゃないかな。判断材料がいないから分からないけど。アンナはずっと無反応だし。
とりあえず、私の知識の出どころをここにいる全員が気にしている。どうしよう、本当のことを言うべきだろうか?