考えてみたら(五秒)、別に秘密にする必要なくない? 何か悪いことしたわけでもないし。
というわけで私が前世の記憶を思い出したこと、前世は異世界の住人で、その世界には魔法が存在しない代わりに科学が進歩していて、世の中の様々な現象を説明できたこと。自分が知っているのは学校で習った知識のほんの一部だけということを説明した。
「前世の記憶ね。そいつは最高の前世だ、よく思い出せたもんだね」
なんか精霊に前世を褒められたけど、メロンパンでチューハイを飲むアラサーおひとりさまのどこが最高なのかと。死に方といい、わりと最低の部類だと思うんだけど。
「いいなーそんな記憶があるなんて、もう生きた
「肝心の知識がうろ覚えだからあんな中途半端なことになっていたのか」
うるさいよ、一般人が大人になっても学校で習ったことはっきり覚えてる方がおかしいんだよ。
「でも、みんな信じるの? こんな話」
「これまでの奇行の辻褄が合うからな」
奇行言うな!
「やはりクラリーヌ様は神の生まれ変わりだったのですね」
今の話のどこを聞いてたらその結論になるの!?
「お嬢様、そういうのは隠しておいて知識を独り占めした方がお金になりますよ」
そしてアンナも相変わらずだった。まあ、問題なく受け入れてもらえたんだと前向きに受け止めておこう。
「疑問が解消されたところで、アンタ達には戦い方を学んでいってもらうよ。今の状態で魔王と戦ったら即全滅だからね」
えっ、私の知識スルー? 何のために聞いたの?
まあ、元々ここで力を授けてもらうみたいな話だったし、いいんだけどさ。
「ふふふ、前世の知識のことが気になるかい? もちろん最高の武器になるよ。でも私が教えるのは知識よりも魔法を使って戦う方法だからね」
ふむむ、確かに物事には順序ってものがあるし。これまでのことを考えると知識を増やす前に魔法の制御が上手くなる方が優先なのは分かる。何でも爆発させてたらやってられないよね。
「それにね、記憶ってのは忘れていても頭のどこかにしまわれているものさ、それがたとえ前世のものだとしてもね。忘れた記憶を思い出させる魔法もある。ピンクちゃんならどんな魔法か想像つくだろう?」
忘れた記憶を思い出す……そうか、それも魔法で取り出すイメージを持てばいいんだ。もう既にここに来たかいがあった!
「とはいえ、最低限必要な知識は学んでもらう必要がある。魔法学院で間違った知識を詰め込まれる前にやってきたのは正解だったよ」
精霊はこの世界の人間が知らない正しい知識を教えてくれるようだ。何をどこから教えてくれるのかな……などと考えていると、私達の周りを囲むように半透明の壁が現れた。
「まず、我々の周囲にある空気は物質であるということは知っているかい?」
壁に絵と文字が浮かび上がる。おー、これが黒板の代わりになるのね。なんか棒人間の周りに「空気」って文字が沢山書いてある。
「知ってる! 風の元素って授業で言ってた!」
「風を袋に入れて口を閉じれば膨らんだ状態を維持するから、そこに風の元素があることが分かると教わりました」
「そうかい、それは間違いじゃないけど、正確ではないね。風とは空気の流れを示す言葉にすぎない。人間達が認識する〝風〟が無くても、空気は常に我々の周囲を満たしている。空気の元素とでも言えばいいかね。それもいくつもの元素で構成されているんだけど、今は気にしなくていい。大事なことは、この空気の元素ってやつは目に見えないほど小さな粒なんだ」
原子や分子の話になった。確かに空気って言っても窒素とか酸素とか二酸化炭素とか色々混ざってるから、それをいちいち説明してたら逆にイメージが湧かなくなるかも。実際、小さな粒って聞いたとたんにエイブリーとアメリアは眉をひそめた。これまで習ってきたことと違うことを聞かされると受け入れるのが大変なのだ。
「この粒は凄く元気で、常に激しく動き回ってる。この動きがあまりに激しいから固まることがなくて、どんなものでもその中を通り抜けることができる。この状態を『気体』と呼ぶんだ」
あー、なんかそんなこと習った覚えがある。冷やされると動きが遅くなって液体や固体になるんだよね。
「この元素を集めて、動けなくしてしまえばどうなると思う?」
空気を固体化させる魔法ってことか。ここは初めて習う子達に回答を譲ろうね。すぐにエイブリーが手を上げた。
「はい、何も通さない壁が出来上がります!」
自信満々だ。彼ぐらいの理解力があれば当たり前のように分かることだね。アメリアもうんうんと頷いてる。ちゃんと話についていけると授業も楽しいよね。大人組は黙って聞いてるけど大丈夫かな?
「その通り。その状態を『固体』と呼ぶよ。戦いにおいて重要なのは敵の攻撃から身を守ることだ。常に身の回りにある空気をすぐ固体にできれば、かなり有利になるだろ?」
いいね、イメージもしやすいし大体どこでも使える。空気の壁で自分を囲めば、全方向からの攻撃に対処できるね。でも空気の固体化は「風の魔法」として魔法学院でも習っている。あくまで原理の認識を深めただけだ。イメージのしやすさが増した感じ?
「せんせー、液体はどんな状態ですか?」
気体、固体とくれば液体の説明も欲しいところだ。水という液体は誰にとっても身近なものだし。
「おやピンクちゃん、それは水の精霊が教えるところなんだけどね。『液体』は元素の動きがゆっくりになって、通り抜けられるけど身体にまとわりついてくるぐらいになってる状態だね。ここでは利用しないよ」
なるほど。水は水の精霊がって、当然の流れだった。こういう子、クラスに一人はいたよね。授業の進度より先のことを知ってるからって得意げに披露しちゃうの。わりと迷惑なやつなので、やるべきじゃなかった。反省しよう。
「知識についての説明はここまで。さっそく実践に入ろうか」
風の精霊が手を叩くと、周囲の壁が全て消えた。勉強ばっかりやるより実習した方がイメージが分かるもんね。私達はすぐに杖を手に取り、風の精霊に向き合った。彼女の手に不思議な光が生まれる。
「簡単なことさ、私が空気の刃を飛ばすから、それを空気の盾で防いでごらん」
なるほど、簡単だ。簡単すぎて、物凄く嫌な予感がする。エイブリーも感じ取ったのか、頬に一筋の汗が流れるのが見えた。アメリアはピンと来ていない様子だ。
「それじゃあ、行くよ!」
風の精霊の声。それが耳に届いた瞬間、全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。