イメージする。自分の周りを飛び回る無数の分子を集めて、自分の身体を隠す壁の形に留め――
「痛っ!」
左腕から血が噴き出した。こちらの魔法が発動するよりも速く、風の精霊が生み出した空気の刃が切り裂いたのだ。とっさに周りを見ると、エイブリーとアメリア、それにアルスも同様に腕を切られて出血している。ある意味予想通りだけど、たぶん最初の一回だから手加減してくれているんだろう。思いっきり血が噴き出してるけど。
「いたいのいたいのとんでいけ!」
全員一度に治せればいいのだけど、ぶっつけ本番でそんなことを試す気にはならない。自分を治し、次にエイブリーを治した。その間にアメリアとアルスはそれぞれ自分で傷を治している。
「どうだい、自分達に足りないものが身体で分かっただろ?」
口角を上げて笑う精霊の顔が、急に憎たらしく見えてきた。魔法学院のように優しく手取り足取り教えてくれるわけではないようだ。
「イメージするのが間に合わないと防げない……魔王はきっと凄い速さで即死級の魔法を放ってくる」
エイブリーがブツブツ言ってるけど、そういうことだね。魔王どころか、今の攻撃が首を狙ってたら全員この場で死んでたよ。ちょっと、自分の考えが甘すぎたのを分からされたかな。
「ふふふ、いい目になったじゃないか。そろそろ次いくよ」
すぐにイメージを作る。いちいち分子が飛び回るのを脳内で映像化するのは無駄だ。呪文なんて論外。目の前に分子の塊が現れるイメージを思い浮かべる!
バァン!
景気の良い音がして、私の前に出現した空気の壁に飛来した刃がぶつかって砕け散る。よし、いけた!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
アメリアとエイブリーの悲鳴が耳に届く。あっちは間に合わなかったか。見ると脇腹から血を流している。胴体攻撃はちょっとヤバくない?
アルスはというと、いつの間にか剣を抜いていた。無傷なところを見ると空気の刃を防いだみたいだけど……魔法じゃなくて剣で防いだの? いいのそれ?
「いたいのいたいのとんでいけ!」
とりあえずエイブリーの傷を治してやった。アメリアの傷はアメリア自身ではなく、アルスが治してやっている。
「くっそー、なんで間に合わないんだ」
悔しそうにするエイブリー。アメリアの方は早くも泣きそうな顔になっている。うーん、これは厳しい。
ただ単に練習して上達すればいいという話ではない。百回やって百回とも完璧にできなければ、失敗したその一回で命を落とすのが実戦だ。その現実を突きつけられたわずか六歳の子供が動揺せずにいられるわけもなく。魔法はイメージで行うのだから、動揺すればその分イメージを固めるのが困難になる。焦りも同様だ。
なによりこの二人の心を支配するのは、隣で見事成功させた私やなんだかんだ攻撃を防いだアルスと比べ、自分が足手まといになってしまうことに対する恐怖だろう。恐怖はイメージをネガティブに変える。きっと次に頭に浮かぶのは失敗するイメージだ。空気の刃を華麗に防ぐイメージができなければ、防御魔法は上手くいかない。
このまま続けても、二人がこの試練を乗り越えられる可能性は低いだろう。
「ちょっと相談していいですか?」
私は手を上げて、風の精霊に一旦訓練をストップして作戦会議をしたいと申し出た。向こうも同じことを考えていたのだろう。頷いて「いいよ、一度落ち着いて考えをまとめな」と返してきた。
明らかにホッとした表情を見せる二人だが、エイブリーがすぐにふくれっ面をする。
「なんだよ、相談なんかしなくてもすぐできるようになるよ」
やれやれ、熱くなって周りが見えなくなるのは良くないよ、勇者様。エイブリーに近づき、小さな声で耳打ちした。
「エイブリーはそうかもしれないけど、アメリアが苦しそうだよ。勇者なら仲間の様子にも目を向けなきゃ」
「……っ!」
六歳児に周りを見ろって言うのも酷だけどね。少なくともエイブリーは大貴族の嫡男なんだし、望んで勇者になったんだからある程度しっかりしてもらわないとね。負けず嫌いなところは子供らしくて可愛いんだけど。
「ごめんね、私魔法が下手で……」
「なにを言ってるんだ、お前は俺には使えない治癒魔法を使っているじゃないか。できる側の人間が自分を卑下すれば、できない側の人間がみじめになるだけだ。胸を張れ、人には得意不得意があって当然だ」
申し訳なさそうに言うアメリアの言葉を遮り、エイブリーがぶっきらぼうに励ます。これは私に言われたからではないだろう。エイブリーの偽らざる気持ちだ。この子はそういう嘘はつかないって、私もアメリアもよく知っている。
「それじゃ、時間がもったいないし話すよ。二人とも、空気が固まるって状態がいまいちピンときてないでしょ」
これまでにも風の元素として習ってきたとはいえ、あくまで気体というか実体のないものとして捉えていたのだろうと思う。だってそういう魔法を使っているのは見たことないもん。私は最初から空気を固体化させてたから、カカシを粉々にしたりゴブリンを血の霧に変えたりしてたけど。
「具体的な結果が頭の中に無いから、イメージするのに時間がかかるんだと思う。人間の思考速度は雷と同じぐらい速いから、風なんかに負けないはずなのよ」
人間の脳は電気信号で動いてるってどこかで聞いた覚えがある。それなら同じ電気である雷と同じぐらいの速度で考えている、と思う。たぶん。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「とりあえず、一回作ってみよ。急がず落ち着いて」
風の精霊はせっかちすぎるんだよ。ちょっと説明されただけでいきなりイメージなんてできるもんじゃないって。まずは空気を固体化するってことに頭を慣れさせないと。
「私達の周りを小さなつぶつぶが飛び回ってるのをイメージして。それが一ヶ所に集まっていって形を作って、動きを止めるの」
私は説明しながら自分の目の前に盾を作ってみせる。アルスが持っている盾をイメージさせてもらった。透明なままだと分かりにくいからちょっと白っぽく半透明に。さっき風の精霊が作った壁を真似させてもらった。
「こうか」
すぐにエイブリーが同じものを作り出した。さすが天才、あっという間に理解してしまった。それを見たアメリアもちょっと時間がかかったけど同じように盾を作った。
「できた!」
「うんうん、完成形が分かったところで、今度は途中経過を全部無視していきなり目の前に盾ができるイメージをするの」
そう言って、今度は瞬時に盾を生み出してみせた。二人の口から「おー」と小さな感嘆の声が漏れる。
「なるほど、こういうことですね」
黙って聞いていたアルスが急に喋り出したと思ったら、突然私達全員を囲うように空気の壁が生まれた。まさに最初に風の精霊が作ったようなやつだ。
「こうすればクラリーヌ様を守ることができますね」
そうだけど、いきなり全体化しちゃうわけ? ていうか魔法は苦手って言ってたじゃない、嘘ついた?
「なんだお前、ムカつくな」
物凄くストレートな感想がエイブリーから飛び出した。わかる。