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トーラスの町

 話し合いの結果、水か土の魔王を倒そうということになった。それ以外は倒せるイメージが湧かないから。


 エイブリーはフルモと話してみたいって主張したけど、虚無の魔王を倒したようなツワモノと戦闘になったらどうするのという、主に私の反対により却下になった。


「次の精霊が魔王の居場所を知ってたらいいんだけど」


 アルスに案内されて次の目的地『ロボ鉱山』に向かう。今度は数日かかるらしく、途中で小さな町や村を経由することになる。


「いいねー、一度こういう旅してみたかったのよね」


 風の谷からまた石畳で整備された街道を進む。こういう道って、一つ一つ石を埋め込んだ人達がいるんだよね、凄い手間がかかってるんだろうなあ。


「今日はトーラスの町で宿を取りましょう。路銀に困ることもないのでそれぞれに部屋を……あっ、エイブリー様は従者がいないんでしたっけ、私と同室にしますか?」


 アルスが珍しくまともなことを言っている。私にはアンナ、アメリアには隠れてついてきてる謎のじいやがいるから身の回りのことはやってもらえるけど、エイブリーは連れてこなかったのよね。


「バカなことを言うな! 俺は一人で大丈夫だ」


 なんか強がってる。六歳児だし大貴族の子供なんだから、騎士のアルスに面倒見てもらえばいいのに。子供って背伸びして自分でなんでもやりたがるよね。


「分かりました。では四部屋取りましょう」


 あっさり引き下がるアルスであった。まあエイブリーが自業自得で泣いてもどうでもいいよね。


「トーラスの町って何か美味しいものある?」


 せっかくの旅だし、ご当地グルメを楽しんでいきたい。自宅は質素な食べ物ばかりだったし(雑草とか)学院の食堂では貴族向けのお上品な料理ばかりだったから、庶民的な味の濃い食べ物が食べたいわね。


「小麦粉と芋を練って丸めたものを木の棒に刺して甘辛いタレをつけて焼いたトーラスピンが名物ですね」


 焼き団子みたいなやつかな? 焼き団子美味しいから好き!


 そんな会話をしているうちに、トーラスの町が見えてきた。赤い三角屋根の家が立ち並ぶ、思ったより賑やかな町だ。


「まずは宿を取りましょう。この町唯一の宿がこの先にあります」


 町唯一の宿で四部屋も取れるの? と気になりながらついていくと、私達が泊まる宿が見えてきた。ていうかひと目でわかる。


 なぜなら『歓迎・勇者御一行様』と書かれた横断幕が壁に貼られていたから。


「あー、魔王退治のルートが固定されてるから……」


 これ、見物人や聖女に病気とか治してもらいたい人がつめかける未来しか見えないんだけど、大丈夫?


「部屋は既に手配しておきました」


 宿の前に立っていた白髪の紳士が恭しくお辞儀をしながら言ってくる。じいや有能すぎでしょ。


「ご苦労。クラリーヌ、紹介するわ。うちのじいやよ」


 知ってる。


「執事のセバスチャンと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 セバスチャン! やっぱ執事はセバスチャンだよね!


 その後、案の定つめかけた人々に手分けして治癒魔法をかけていき、クタクタになって宿のロビーに入った私達をセバスチャンがテーブルに案内してくれた。そこには噂のトーラスピンが山盛りになった皿が湯気を立てている。


 うーん、セバスチャン。


「おいしー!」


「あらあらお嬢様、口の周りがタレでベタベタですよ」


 アンナに口元を拭われつつ、また新たな串を手に取って口に運ぶ。想像してた五倍ぐらい美味い!


「……」


 そんな私のことをエイブリーがじっと見ている。


「食べないの? 美味しいよ」


「そっ、そんな下品にパクついたりできるか!」


 声をかけたら顔を真っ赤にして横を向いてしまった。あー、エイブリーには口を拭いてくれる侍女がいないもんねえ。


「うふふ」


 アメリアがエイブリーと私を交互に見て意味ありげに笑っている。こちらはじいやが一口サイズに切り分けて口に運んでやっていた。そこまでやってもらうの!?


 でも、かぶりついた方が美味しい気がする。なんとなく。


◇◆◇


 その夜、それぞれの部屋で明日に備えて寝ようとしていた私達の耳に、絶叫にも似た声が聞こえてきた。


「フェンリルだーー!!」


「フェンリル!?」


 ベッドから飛び上がった私をすかさずアンナが外着に着替えさせる。


 すぐに窓を開けて外を見るけど、暗くてよくわからない。


「火の玉よ、空中にとどまって辺りを照らせ!」


 光そのものを出す魔法は使えないのよね、光の仕組みがわからないから。


 私が飛ばした火の玉が町を照らすと、いつか森で見た巨大な狼の一頭が三角屋根の家を次々と破壊し、人々が逃げ惑っている。


「なんとかしないと!」


 窓から身を投げ、固体化させた空気に乗って現場まで飛んでいく。


 すぐに鎧を着込んだアルス、旅衣装のアメリア、それと寝巻き姿のエイブリーがやってきた。だから侍女を連れてくればよかったのに。


「グルルルル!」


 フェンリルがこちらに気付いたらしく、動きを止めて唸り声を上げた。


「あいつは本体の影だって話だから光を当ててやれば……」


 私が話している間に、フェンリルが地を蹴り向かってきた。狙われたのは、エイブリー!


「うわあっ!」


 前脚の爪で引っ掻かれる寸前、エイブリーは防御魔法を展開した。空気の壁が彼の身体を覆うようにして守ったのだけど、狼の爪が当たると壁が粉々に砕かれ、そのままエイブリーの身体に爪が届いて吹き飛ばした。ボキボキと骨の砕ける音が響く。


「いたいのいたいのとんでいけ!」


 防御魔法は破られたけど、攻撃の威力をいくらか軽減できたようで即死は免れた。でも見るからに大怪我をしているので、すぐに治癒魔法をかける。身体の骨がくっついて全部治るイメージ。


「危ない!」


 アルスの声。私が治癒魔法を使ったのを見て、フェンリルが標的を私に変えたのだ。とっさに空気の壁を作る。


 バコッ!


 壁が壊れる鈍い音がする。私も吹き飛ばされるのを覚悟していたのだけど、衝撃は来ない。思わずつぶっていた目を開けると、アルスが盾で爪を受け止めていた。


「前は治癒魔法の光で逃げたってのに、今回はしつこいじゃない!」


 前脚を引いて距離を取ったフェンリルを前に、この短い時間で起こったことを頭の中でまとめ、どう戦うべきか考えを巡らせた。

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