私は調子に乗ってたんだと思う。勇者だ聖女だとチヤホヤされて、周りの子達よりずっと強力な魔法が使えて。ゴブリンを楽々と退治して恐れられたし、フェンリルの群れは治癒魔法の光に驚いで逃げていった。風の精霊に教わって防御魔法を使いこなせるようになったのも大きい。
本来の私は、町を破壊して回るような凶悪なモンスターに迷わず向かっていくような人間じゃなかったはずだ。なのに気が大きくなっていたから戦力差を見誤って、倒す道筋も考えずに戦闘を開始してしまった。
幸いだったのは、私が生きてきた中で最も多く使ってきた魔法が治癒魔法だったこと。おかげで瀕死の重傷を負ったエイブリーを躊躇なく治療させられた。その速度も相当なものになっていたから、直後に攻撃されても防御魔法の展開が間に合った。
そう、エイブリーは一人分の壁だけだからあっさり砕かれたけど、私は自分の分とアルスの分、二枚重ねで攻撃を受け、更にアルスがかばって盾で受けた。そのおかげであの巨大な爪の一撃を完全に防ぐことに成功したのだ。
「みんな、フェンリルの攻撃は防御魔法の重ねがけで防ごう。できれば全員が狙われた人の周りにすぐ壁を出せると安心」
「うん、やってみる」
「それが良さそうだな。でもどうやって倒すんだ?」
死にかけたエイブリーはまだやる気満々だ。あれで心折れないのは本当に凄いと思う。
「それは今から考えるのよ」
光に弱いはずだけど、辺りを照らしてる火の灯り程度は気にも留めていないし、治癒魔法で生まれるおまけのような光でもダメージは与えられないようだ。あとは大きな雷で閃光を生むぐらいか。
「ガアッ!」
話しているうちにフェンリルが次の行動に移った。飛び上がって大きな牙で噛み砕く気だ。標的は……また私!
ガキッ!
爪よりずっと威力のある攻撃だと思うけど、今度は全員分の壁が作られた。特に私は試しに牙が襲ってくる軌道上に限定して大きな空気のブロックを作ってみた。それが功を奏したようで、フェンリルの牙は分厚い固形空気の層を噛み砕くことができず、顔をしかめて飛び退いた。
風の精霊の訓練よりも格段に危険度の高い実戦で試行錯誤するのは、想像よりもずっと私達を成長させてくれるようだ。少なくともあいつの攻撃を完全に防ぐイメージが固まった。あとは……。
「
とにかく最大出力の雷をイメージできるだけ大量にフェンリルめがけて空から落とす!
物凄い音と光が生まれ、この世の地獄かと思うような数秒間が流れた。
「やったか?」
エイブリーの口から漏れる希望の声。だがしかし、現実はそう甘くなかった。
「グルルルル」
フェンリルの唸り声が聞こえると、即座に全員を囲む分厚い壁を作った。飛びかかってきた狼の牙が壁を破壊したが、中にいた私達までは届かずまた飛び退く。
「あの雷が効いてないの!?」
驚くアメリアだけど、剣を構えたアルスが否定する。
「いえ、フェンリルの身体に傷ができ息が荒くなっています」
確かに、フェンリルの動きは少し鈍くなっている気がする。あの雷撃を何度もやるのは厳しいけど、エイブリーと交代にやればいけそう。
「エイブリー……」
「ウォオオオオン!」
私がエイブリーに追撃を求めようとした瞬間、フェンリルが遠吠えを始めた。とてつもなく嫌な予感がして空気の壁を作ると、全員が同じようにして壁を重ねる。これならあいつが何やってきても死ぬことはないと思うけど……。
「あれっ!」
アメリアがフェンリルの足元を指差す。そちらを見ると、地面が白く染まっている。その範囲は割と速いスピードで広がっていき――唐突に思い出す。何かのゲームでフェンリルという狼が吹雪のような攻撃をしてきた記憶を。
「空気の粒を高速で動かして!」
私が叫んだ言葉の意味を理解できないような顔で見てくる三人。でも説明している暇はない。
――絶対零度。
もう一つ思い出した、理科の授業で習った言葉。物質の分子は常に運動していて、熱エネルギーに比例して激しくなる。だから氷を熱すると水になり、水蒸気になる。逆に冷やすことで全ての物質は液体化、固体化していき……あらゆる分子がエネルギーを失い、完全に動きを止める温度がマイナス273.15℃、絶対零度と呼ばれる温度。これ以上、下がりようがない温度という意味だ。
この理屈から考えると、空気の分子を固定して壁を作る防御魔法は冷気攻撃と絶望的に相性が悪い。
「くっ……酸素分子よ、燃え上がれ!」
酸素といえば燃える! 炎で冷気を防げば……と思ったら魔法が発動しない!?
あれっ、酸素って燃えるよね? なんか間違ってたっけ?
「酸素酸素酸素、燃えて! 早く早く!」
魔法の失敗に動揺し、パニック状態になる私の目に迫ってくる凍土が映る。やばいやばいやばい、全員瞬間冷凍されちゃう!
どうにかしなきゃいけないのに、頭が真っ白になって何も思いつかない。もうダメーーっ!
「炎よ、渦を巻け!」
目をつぶった私の耳に、どこかで聞いたことのある呪文が届いた。