「ちなみに、念のためお聞きしますが・・・・・・息子さんをここまで連れてきていただくことは?」
「難しいと思います・・・・・・。本人に病気の自覚はないので・・・・・・」
「まあ、そうだろうな・・・・・・」医師は内心でそう呟く。人格ごと変わってしまうというテンセイ症のその性質上、本人にとっては自分が病気であることを自覚するのも非常に難しい。病気だと自覚していない者を「お前は病気だから」と無理に病院へ連れだそうとしても、どうなるかなんて結果は火を見るよりも明らかだ。
「分かりました。まあ、あとはこちらでどうするか考えますよ。お疲れ様でした」
「はい・・・・・・。どうかユリエルちゃんを・・・・・・よろしくお願いします」
深々と頭を下げ診療所から退出する母親のことを、ぶっきらぼうに見送る医師。
「新しい依頼ですか? ドクターエミル」
母親の背中が見えなくなる頃合いを見計らってか、奥の部屋から純白の看護師服に身を包んだ女性が姿を現した。医師は女性の姿を一瞥すると、大きなあくびをした後で口を開いた。
「ああ。まあ、そんなところだ。また、お前の出番だ。
「お言葉ですが、私の名前は
「どっちでも大して変わらないだろうが・・・・・・。あといい加減、そのよそよそしい態度も止してくれ。・・・・・・
エミルはボサボサの髪を掻きながらボヤくと、葉巻煙草へと火を着ける。
「そのようなことを言われましても・・・・・・。別にドクターと私は親密な関係でもありませんし」
しかし、エミの反応は相変わらず淡々とした機械的なものだった。
「
「まあ、
エミルは羽織っていた白衣を乱雑に脱ぎ捨てると、煙草を咥えたまま扉の方へと歩き出してしまった。
「ドクター、どこへ? まだ閉院時間には早いですが・・・・・・?」
エミは、床にだらしなく広がったエミルの白衣を拾い上げる。
「帰る。もうどうせ、患者なんか来ないだろ」
エミが呼び止めようとするのも虚しく、エミルは乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。
「まったく、ドクターったら・・・・・・。・・・・・・私、いったい何かしたでしょうか?」
扉が閉まっていく様をただただ見送ったエミ。扉が完全に閉まりきると、両手で抱えた白衣をハンガーへと吊るしながら、まるで意味が分からないとばかりに小首を傾げた。
・・・・・・その白く細長い左の薬指では、白銀の指輪が輝きを放っていた。