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気まずい尾行

「アイツがユリエルか……」


 剣士や魔法使いの王道職から、盗賊に踊り子など変わり種まで。実に様々な格好をした冒険者たちが行き来する、冒険者ギルド前の大通り。


 どんな奇怪な格好でも紛れられそうなその往来の中においても、一際異彩を放つ者が一人。おそらくまだ6歳くらいにしかなっていないであろう、身長110cmにも満たない幼児が、親もいないのに堂々と闊歩している。


 艶やかな亜麻色のサラサラストレートヘアをおかっぱに伸ばし、ぱっちりと開いた瞳はブルートパーズをあしらったかのような透き通った青色。細くシュッとした鼻立ちに、薄桃色の唇は変に主張することなく、されど全体像の美しさをしっかりと支えている。


 魔法使いのそれとはまた違う、セルリアンブルーを基調に純白のフリルが襟袖にあしらわれたローブスタイルは、高級感を醸し出すとともに、纏い主の性別をも包み隠していた。


 その後方に10m程度の距離を保ち、エミルはその動向を伺っていた。いわゆる尾行という奴だ。幸いにもいまのところ感づかれているような気配はない。


「お待たせしました、ドクター」


 すると、エミルの背後からエミが合流してきた。通りでは悪目立ちすると判断したからか、いつものナース服ではなく、Tシャツにパンツスタイルのラフな平服だ。


「・・・・・・別に待っちゃいねぇよ」


 エミルは振り向きすらもせず、ただぶっきらぼうに答える。


「彼? 彼女? が患者のユリエルさんでしょうか?」


「あんなナリだが男だ。カルテくらい目を通しとけ」


「……申し訳ありません」


 並んで患者をツケる二人だが、その間には気まずい沈黙が流れている。尾行中に不必要な会話を繰り広げる必要はどこにもないが、この二人の場合はそういう合理性とはまた違った事情によるものであることは想像に難くなかった。


「取り押さえないんですか?」


「馬鹿言え。俺達側から攻撃なんかしかけてみろ。最悪、ここを歩いている戦闘エリートどもを一斉に敵に回すなんてことになりかねないぞ」


 往来には立派な装備を携えた冒険者の数々。そんな中で子どもに襲い掛かる不審な二人組がいるとなったら、正義感の強い者なら間違いなく介入してくるだろう。


「そんなことになれば、俺達なんかあっという間に袋のネズミになるのが関の山だ」


「確かにそうですね・・・・・・。では、どうするのですか?」


 エミが首を傾げて尋ねると、エミルは人目もはばからずに煙草に火を点け、煙を吐き出しながら言った。


「どうするも何も・・・・・・あの化けダヌキのガキが勝手に尻尾を出すのを待つしかないだろうよ」


「つまり、被害者が出るまで待つと・・・・・・?」


 エミはただ疑問を口に出しただけのつもりだったが、それがどこか痛いところでも突かれたのか、エミルが髪を掻き上げる。ただでさえボサボサのその髪が、余計にふくれ上がってボリューミーな見た目になっていた。


「・・・・・・俺たちは別に正義の味方なんかじゃねぇんだ。被害者が増えようが増えまいが知ったこっちゃねえよ」


 吐き捨てるようにそれだけ呟くと、エミルは短くなった煙草を路傍へと落とし、革靴の裏で火を踏み消したのであった。

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