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『刻の牢獄』

 エミが合流してから10分ほどが経ったころだろうか。どこに向かうでもなくずっと通りをぶらついていたユリエルが、不意にその足を止めた。


「ドクター、患者さんに動きが」


「ああ。勘づかれたか・・・・・・?」


 しかし、ユリエルが二人の方を振り返ったりすることはない。どうやら尾行を勘づかれたというわけではなさそうだ。


 物陰へと隠れ、ユリエルの動向を見守るエミルとエミの二人。


 道を行く男女さまざまな冒険者たちが、急に立ち止まったユリエルのことをちらりと見ては、そのまま通り過ぎて行く。そして、ユリエルもまた、そんな冒険者たちの方へと視線を向けていた。


「どうしたのでしょうか・・・・・・?」


 不思議そうに首を傾げるエミに対し、エミルは冷めた視線でユリエルを見据えていた。


「襲う相手を見定めてるんだろうな・・・・・・。その証拠にさっきから、女の方しか見ていない」


「言われてみれば・・・・・・」


 エミルとエミがそんな話をしている最中も、ユリエルは前方から歩いてくる冒険者の女性たちを観察していた。そして、白いローブに身を包んだ回復術士ヒーラーと見られる若い女性の姿を見つけると・・・・・・


「うわあぁぁぁん!!! ママああぁぁぁ!!!」


 突如大きな声を出して、その場に泣き崩れ始めた。


 そんな様子の急変したユリエルに対し、心配や困惑の視線を向けながらも遠巻きに見守ったり、通り過ぎて行ったりする者ばかりの中。


「どうしたの、ボク? ママとはぐれちゃった?」


 先程の回復術士の女性がユリエルの方へと駆け寄っていき、視線の高さを合わせるように屈み、優しく微笑む。そして、泣きじゃくるユリエルの頭をそっと撫でた。


「うううぅぅぅ、ぐす・・・・・・ひっぐ・・・・・・」


「大丈夫だよ、泣かないで。私も一緒にママのこと探してあげるから」


「ありがとう・・・・・・ぐす・・・・・・おねえぢゃん・・・・・・」


 ユリエルは泣きじゃくりながら俯いており、女性の方からはおかっぱの髪に隠れてその表情までは判りづらいだろう。だが、陰から尾行していたエミルは見逃さなかった。


 ・・・・・・ユリエルの口角が一瞬吊り上がったのを。


「来るか・・・・・・」


 頭を掻きながら面倒臭そうにエミルが呟いた、その瞬間。


「・・・・・・引っかかってくれてなぁ!!!」


 急に顔を上げ、高らかに叫ぶユリエル。そのブルートパーズ色の瞳は必要以上に大きく見開かれ、鼻の下はこれでもかと言わんばかりに伸びきり、口元は歪み、下卑た笑いを浮かべている。いくら元の造形が天使の子のような美しいものでも、ここまで歪むと顔芸の領域と言っていい有様だった。


「えっ、えっ・・・・・・?」


 あまりの豹変ぶりに困惑し、思考がついて行かない様子の女性。とりあえず距離を取ろうと後ずさりをしようとするが・・・・・・。


「デュ~フッフッフッフ~! もう逃げられないでごわすよ! くらうでごわす! 『刻の牢獄ティエンポ・プリシオン』!」


 麗しい外見にそぐわぬ奇っ怪な口調のユリエルが、何やら呪文のようなものを唱えた瞬間、女性はまるで時でも止められたかのようにぴくりとも動かなくなってしまった。


「『刻の牢獄』・・・・・・。神話に語り継がれる伝説の大賢者エーブイ以外に扱えたものはいないという禁断の呪文・・・・・・」


「それをこんなガキが・・・・・・?」


「まさかコイツ。テンセイ症患者か・・・・・・?」


「まずい、逃げろ! 俺たちのかなう相手じゃねぇ・・・・・・!」


 そんなユリエルの凶行を目の当たりにした腕自慢のはずの冒険者たちが、皆一様に浮き足だってざわめき、蜘蛛の子を散らすように逃げだし始める。


「・・・・・・そろそろ行きますか?」


「ああ」


 そんな中、エミとエミルの二人組だけが、物陰から状況を冷静に見守っていた。

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