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第32話 シリウスの過去④


 初めて降りた地上に、俺もマリアンヌも興味津々だった。

 冥界に運ばれて来た魂を通じて地上のことは知っていたが、知識として知っているのと、実際に自分の目を通して見るのとでは全く違っていたのだ。

 草木は青々と茂っていて、虫たちはくるくると飛び回り、小鳥たちは愛の唄を歌っている。

 見渡す限り、どこもかしこも生命力に満ち溢れていた。

 そして、何よりも驚いたのは。


「すごいわ」


「これが、太陽……」


 地上には、惜しげもなく陽の光が降り注いでいた。


「これからは、ここが私たちの職場になるのね」


「悪くない……どころか、気に入った!」


 俺は陽光の当たる草むらにダイブした。そして、そのままごろごろと転がってみる。


「もう、子どもみたいなことをして」


「マリアンヌ! この草むら温かい!」


「うそ!?」


 地上に来た途端にだらしのないことをする俺を止めようとしていたマリアンヌも、俺の言葉を聞いて草むらに寝転んだ。


「本当だわ。草むらが温かいなんて初めて知ったわ」


「それに何だか匂いもする。これが植物の匂いなのかな?」


「そうかも! ねえ、草の中には花を咲かせる種類もあるらしいわ。魂の記憶で見たもの」


「じゃあ探しに行こうか!」


 俺とマリアンヌは二人で草原を駆けた。

 そのうちに森へと辿り着き、花も木の実も発見した。


「冥界にいる間は、冥界が一番良いところだと思っていたけど」


「うん。これはなかなか」


「なかなか、最高かもしれないわ」




「…………ハッ!? 私たちは仕事で地上に来たんだったわ」


 三時間ほど地上を満喫してから、やっとマリアンヌが思い出した。


「早く魂を減らさないと、冥界が満員になっちゃうわ!」


「でもどこへ行けば……とりあえず人の多い場所に行けばいいのかな」


「その前に、ここはどこ?」


 地上に降りたばかりの俺とマリアンヌは、それはもうポンコツだった。

 冥界ではベテラン顔をして魂を捌いていたのに、ここでは自分がどこにいるのかすら把握できない無能ぶりだ。

 それでも二人で何とか協力して近くの町まで移動し、町の名前を知ることに成功した。


「町の名前は分かったけど、死にそうな人がどこにいるのかは分かる?」


「分からないわ。そういう人の探し方も地区長に質問しておくべきだったわね」


「……待った。この風景は誰かの魂で見たことがある」


 俺は自身の頭に手を当ててしばらく唸った後、該当の記憶を掘り起こした。


「思い出した! さっきの森で明日、狩猟大会が開かれる予定だ!」


「ということは、明日森に隠れていれば、殺された動物たちを生き返らせるチャンスがあるということね!?」


 俺もマリアンヌも手を叩いて喜んだ。

 さっきまでの無能ぶりが嘘のように、大量の魂を地上に留まらせる方法を思いついてしまったのだ。


「魂であれば、どんな生き物だろうと問題ない。人間にこだわる必要もない」


「そうと決まれば、明日はたくさんの動物たちを救いましょう!」


 俺たちは苦労して歩いてきた道を引き返して、また森へと戻った。

 そして森の中をでたらめに歩いているうちに、狩猟大会で使われるテントが張られている場所に辿り着いた。

 テントの周りには作業をしている人間が何人もいる。

 俺たちが地上へ降りてきた際に、ここへ降りなかったことは幸いと言えるだろう。

 俺とマリアンヌが地上に出現する瞬間を人間に見られていたら、厄介なことになっていたはずだ。


 狩猟大会のおおよその場所を確認した俺たちは、森の中に身を隠して明日を待つことにした。


「“生を司る能力”とやらは願うだけで使えるらしいが、いざというときのために魔法は学んでおいた方が良いと思うな」


「そうね。今のうちに勉強しないとね」


 俺とマリアンヌは魔法書に目を通してみたが、魔法はそこまで都合の良いものでもなかった。

 水を扱う魔法を使うには水を用意する必要があるし、服を作る魔法を使うには糸と布を用意する必要があった。

 それに魔法書を読んだからといって、魔法は一朝一夕で使えるものでもなかった。

 俺たちは試しに落ち葉を浮遊させる魔法を試してみたが、二人とも三秒と浮遊させられなかったのだ。

 これなら息を吹きかけて落ち葉を浮遊させた方がずっと楽だし、浮遊時間も長い。


 俺たちは魔法の使用を早々に諦め、明日は身を隠しつつ“生を司る能力”を使うことにした。

 出番の無い俺は、マリアンヌが力を使っている間の護衛を務めることになった。

 と言っても暴力など振るったことがないため、護衛というよりは「近くに誰かが来たらいち早く発見する係」と言った方が正しいが。




「ねえ、シリウス」


 夜の静かな森で、マリアンヌが空を指さした。

 夜空には明るい星が輝いている。


「『シリウス』って、強く輝く星の名前なんだって。暗い夜空に現れる、絶対の星。唯一無二で永久不変。それって、あなたにピッタリの名前だと思うわ」


「絶対の星、か」


 今まで名前は、個を識別するためのものとしか考えていなかった。

 ゆえに自分の名前に意味を見出したことなどなかったが、マリアンヌの意見は面白いと思った。

 言葉のニュアンスから考えるに、マリアンヌは称賛の意味で言ったのだろうが、俺の意見は違う。


 唯一無二で永久不変の絶対の存在。


 それは…………“孤独”のことだ。




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