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第44話 シリウスの過去⑩


「殺人鬼というよりも、まるで死神だな」


 男は静かにそう言った。


「抵抗しないのか?」


「抵抗が無意味なことくらい分かっているさ。そもそも隊長が敵わなかった相手に、俺が敵うはずがない」


 男は俺に反撃する様子もなく、落ち着いていた。

 すでに覚悟を決めていたのだろう。

 そして男は反撃する代わりに、俺に頼みごとをしてきた。


「幼い妹がいるんだ。最後に別れを言ってもいいか?」


「……ああ、構わない」


「恩に着るよ」


 男のささやかな願いを断る理由は無い。

 この様子なら、嘘を吐いて逃げるつもりでもないだろう。


 俺は男とともに、男の妹が眠る部屋へと向かった。


「両親はすでに他界していて、俺と妹は二人暮らしでね。俺の死後、あいつの面倒を見てくれる人を探しておいてよかったよ」


 男は俺に世間話でもするような軽い口調で話しかけた。

 何と返事をすればいいのか分からず、俺は黙って頷いた。


「……うーん……お兄ちゃん……どうしたの?」


「気持ち良さそうに寝ているところ悪いな。お迎えが来たから、別れの挨拶をさせてくれ」


 男の妹は、男とはかなり年が離れているようだった。

 男は面倒を見てくれる人を探したと言っていたが、家族全員を失った状態で生きていくには、この娘はあまりにも幼く見える。


「お迎え……お兄ちゃん!?」


 眠そうだった娘の声色が、一瞬にして切羽詰まったものへと変わった。

 男はあらかじめこの娘に、俺に魂を連れて行かれる可能性を話していたのだろう。


「友人にお前の世話を任せているから、これからはあいつの言うことをよく聞くんだぞ。俺の訃報が届いたら迎えに来てくれる手筈になっているから。苦労をかけてごめんな。頼りない兄貴でごめんな。お前を一人残してごめんな……今までありがとう」


 何度も謝る男の足に、娘がしがみついた。

 そして勇敢にも俺のことを睨みつける。


「やめて! お兄ちゃんを連れて行かないで!」


 こんなものを見せられては、俺だって連れて行きたくはない。

 だが一時の俺の感情で、殺す殺さないを決めるわけにはいかない。

 そもそもこの男はマリアンヌがいなければ、戦争で死んでいるはずだったのだから。


 俺は、幼い娘を無視して男の元へ歩み寄り、“死を司る能力”を使った。



   *   *   *



「やっと来てくれたのね」


 女はベッドに横になったまま俺を迎えた。


「戦争から帰還できたのはいいけれど、常に身体中が痛いの。寝ても痛みですぐに目が覚めてしまうのよ」


 俺が返事をしていないにもかかわらず、女は続けた。


「どうやら戦争で回復魔法を使い過ぎたみたいね。私に移動した兵士たちの傷が、私を蝕み続けているの。こんな体で生きているのが不思議だわ」


 女は医療チームとして戦争に参加していたらしい。

 そして回復魔法を使って兵士たちの傷を女の体に移動させ過ぎた結果、起き上がることもままならない状態になってしまったのだろう。


「国からお金は貰ったけれど、家族に看病という名の苦行を強いていることが辛いわ。早く私をあの世へ連れて行って」


 俺は女の言う通りに、すぐに“死を司る能力”を使ってやることにした。


「ああ……これでやっと、ゆっくり眠れるわ」


 最後にそう言うと、女は静かに目を閉じた。



   *   *   *



 ある日、俺は町民たちに襲撃を受けた。

 しかし町民たちにいくら刺されようと殴られようと、俺は死ななかった。死ねなかった。

 そんな俺の姿を見た町民たちは、ますます俺を気味悪がった。


 さすがに町にいられなくなった俺は、森に住処を移すことにした。

 “死を司る能力”を使うときだけ町へ行き、魂を奪った後はまた森へと戻った。


 人殺し、殺人鬼、死神。


 町民たちは俺のことを、そう呼ぶようになった。




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