しばしの沈黙。
あまりにも重い話に、私は何を言えばいいのか分からなかった。
戦争が人々の人生を滅茶苦茶にしてしまうものだということを、私も知識としては知っていたが、これまで体験談として語られたことはなかった。
幸せなことに、私は生まれてこの方戦争を経験したことが無い。
父の世代も祖父の世代も、だ。
帝国は戦争に勝ったものの、戦争によってマリアンヌはノイローゼになり、シリウス様は町を追われた。
「シリウス様はどうして町民に襲われてまで、魂のバランスを保とうとするんですか。どうせ寿命が来たら死ぬんですから、放っておいたらいいじゃないですか。シリウス様が辛い想いをする必要は無かったはずです」
私には、シリウス様が身を削ってまで魂を冥界に送る理由が理解できなかった。
マリアンヌの生かした魂を放置しても、怒られるどころか、冥界だって仕事が減って嬉しいはずだ。
「地上ではまれにバッタが大量発生することがある。なぜだか知っているか」
シリウス様がいきなり脈絡のない質問をしてきた。
バッタが大量発生する理由で考えられるのは……。
「ベビーブームですか?」
「バッタに流行はない」
違うだろうと思いつつ述べた答えは、やはり違った。
「冥界に魂が溢れたせいだ。冥界にある魂の数が多すぎる場合、地球が自らの力で大量の魂を地上へと送る。その数と方法が雑すぎるため、冥界の住人がそうならないよう働いている」
冥界の仕事が本格的にパンクした場合、バッタの大量発生等で地球が雑に地上に魂を送っているらしい。
「魂を循環させるために同じ生物をいっせいに生み出すんですね」
「様々な種類の生物を生み出すよりもその方が楽なのだろう。しかしその場合に予想されることは……分かるな?」
「寿命がほぼ同じ、ですね」
「そうだ。天敵に捕食されることで多少は数が減るが、それでも結果は目に見えている」
これでは、また冥界がパンクして、バッタの大量発生があって、冥界がパンクして……のループに入ってしまう。
「地球自身に雑な魂の循環をさせないよう、冥界の住人が魂を循環させる作業をして、地上と冥界の魂のバランスを整えている」
「ということは。先程の話の場合は、今とは逆で地上に魂がありすぎる状態だから……」
「放置すると、地球自身が天変地異を起こすことで大量の魂を冥界に送ってしまう」
あまりにも雑だ。
そんなことをしたら、大量の魂が冥界へは行くだろうが、その地域に栄えていた文化が丸ごと消えてしまう。
「過去に例があるから疑いようがない。あのまま余が地上の魂を放置していたら、地球は村を一つ、天変地異で滅ぼしていた」
「シリウス様って……実は人間がお好きだったりします?」
だって今の話を聞く限り、シリウス様の行動は、もともと死ぬ予定だった人間を運命通りに殺すことで余計な死者を出さないようにしているとも受け取れる。
手間もかかるし、罵られるし、いいことなんて一つもないのに。
そんなことを続ける理由は、“愛”以外に考えられない。
「人間は好きではない。余は人間の文化が好きなだけだ」
「それって、何か違いがあります?」
私が首を傾げると、シリウス様は大きく咳払いをした。
「あと、もう一つ質問しても良いですか? どの魂でもいいなら、わざわざ人間を殺さずに虫でも殺せばよかったんじゃないですか?」
「フン、人間の傲慢だな」
私の質問は一刀両断にされた。
「人間の魂を生かした代償を他の種が支払うのはおかしな話だ。そもそも人間の命と虫の命の重さに差があると考えているのなら、認識を改めるべきだ」
「……すみません」
シリウス様に叱られてしまった。
確かに今の私の発言は、人間と虫に順位をつけていたかもしれない。
人間よりも虫を殺す方がシリウス様の負担が少ないのではと思っての発言だったのだが……そうか、これは人間の傲慢なのか。
「それに、もともと寿命の短い生物の魂を冥界へ送ってもあまり意味が無い。放っておいてもすぐに寿命を全うするからな。それよりは寿命が多く残っている者の魂を冥界に送った方が、効率が良い」
シリウス様が説明を付け足した。
だとすると、地球の起こすバッタの大量発生は、かなりの悪手なのだろう。
「……疑問が解消されたなら続きを話す。それともここで止めるか?」
「続けてください」
途中で止めたら、話の続きをいつ聞けるか分からない。
それに今止めたら、重い話の続きを聞く勇気が出なくなってしまう恐れもある。
私は即答で話の続きをお願いした。