「……私、やっぱりマリアンヌが嫌いです」
子どもっぽいとは分かりつつも、私は不満を示した。
だって、あんまりにもあんまりだ。
「マリアンヌは自分ばっかりいいとこ取りをする嫌な女です。マリアンヌの尻ぬぐいをさせられたシリウス様はあんな酷い目にあって、今もこうして森で暮らしているのに。その間にマリアンヌは恋をして幸せになっていたなんて。こんなの不公平です」
戦争に出向いたマリアンヌも、ノイローゼになるほど辛い目にあっている。
でもそれは、こう言っては申し訳ないが、自分で選んだ結末だ。
だけどシリウス様は、もらい事故のように思える。
「シリウス様は何もしていないのに。それなのにこんな目に遭うなんて……」
「余は、何もしなかった。冥界にいる頃も、地上に降りてからも。余も“生を司る能力”が欲しいと頭を下げれば良かったのに。無理やりにでもマリアンヌの戦争行きを止めればよかったのに。余は何もしないことを選択してしまった。余に降りかかった不幸は、何もしなかった余の落ち度だ」
時として何もしないことは罪だと言うが、果たしてここまでの罰を受けるほどの罪だったのだろうか。
冥界でのシリウス様は、問題を先送りにしただけだ。
私だって嫌なことは後回しにしたくなる。
それが、そんなに悪いことだろうか。
地上でのシリウス様は、人間同士の争いを人間に任せようとしただけだ。
その考え方は、果たして悪いものだったのだろうか。
「……マリアンヌさえ何もしなければ、こんなことにはならなかったのに」
きっとマリアンヌもこの結果を望んでいたわけではない。
とはいえ、マリアンヌが運命の歯車を良くない方向に動かしたのは確かだ。
「私、マリアンヌがものすごく嫌いです」
やり場のない怒りに震える私の肩を、シリウス様が軽く叩いた。
「そう言うな。戦争でマリアンヌは深く傷ついた。余が知らぬだけで、マリアンヌにも苦労は山のようにあったはずだ。それらを乗り越えて幸せを手に入れたのは、喜ばしいことだ」
「……シリウス様がマリアンヌを憎まないのは、マリアンヌに惚れていたから、ですか?」
第三者の私からしたら、今の話はマリアンヌを憎むことが自然なように思えた。
それなのに、シリウス様の語り口調からは彼女への憎しみは感じられなかったのだ。
それが意味することは、シリウス様からマリアンヌに対しての好意だ。
「余とマリアンヌは恋仲ではなかったが……一片たりとも恋心を抱かなかったかと聞かれると、そういう気持ちを抱いていた時期もあった」
分かってはいても、本人の口から肯定されると辛いものがある。
シリウス様は、マリアンヌのことが好きだった。
何をされても憎めないほどに、マリアンヌに惚れていた。
「誰にでも過去はある」
苦い表情をする私に対して、当のシリウス様は終わったことだとばかりにけろっとしている。
「それはそうですけど、私以外に惚れているシリウス様なんて知りたくなかったです」
それに……本当に過去のことなのだろうか。
マリアンヌの話を聞いてからずっと気になっていたことを、シリウス様に確認するべきときが来たのかもしれない。
「リアたちカラスの三姉妹の名付け親は、シリウス様なんですよね」
「どうした藪から棒に。その通りだが」
シリウス様の名付けた三姉妹の名前は、マリー、リア、アン。
絶対にマリアンヌから取っている。
「初恋の女の名前を使用人に付けるなんて、シリウス様は最低です。未練がましくてねちっこい厄介な男です」
「……なっ!?」
次々と貶されたシリウス様は面食らっていた。
「その名に他意は無い。思い付いた名前を言っただけで」
「余計にたちが悪いです!」
無意識でマリアンヌから取った名前を口にするなんて、シリウス様は最低だ。
……でも、そんな厄介な男を好きになってしまった私も最低だ。
過去の話を聞いて、シリウス様のことを厄介な男だと思ったのと同時に、そんな厄介なところも愛しいと思ってしまった。
マリアンヌを吹っ切れていないことに気付いていなくて、優柔不断で詰めが甘くて危うくて、立ち回りも下手で不器用で、放っておくとハズレくじを引きがちで。
そんな彼を私が幸せにしてあげたいと、そう思ってしまった。
もう末期だ。
「私、ダメ男に惚れるタイプだったみたいです」
思わぬところで自分がシリウス様に惚れた理由の一つを発見し、何とも言えない気持ちになってしまった。