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第69話 警備隊員アンドリュー・ミーハン


 髪色を変えてからもしばらく店番を続けていると、次のお客さんがやって来た。

 またしても体格の良い男性だ。また回復薬目当てのお客さんだろうか。


「いらっしゃいませ」


「どうも」


 店に入った男性は、商品一つ一つに興味を示しながら、店内を歩いている。

 特に何かを探している様子ではなさそうだ。


「いろいろな商品が並んでいますので、ゆっくり見て行ってくださいね」


「本当にいろんな商品が並んでるんですね。この店が開いているところを初めて見たので、つい入ってしまいました」


「あはは。珍しいですよね、この店が営業しているのは」


 男性は魔法道具の置かれた棚で、たまに「へえ」とか「ほお」とか感嘆詞を漏らしながら、楽しそうに説明書を読んでいる。


「今日は町でお買い物ですか?」


「あー、この店の前で待ち合わせをしていたのですが、かなり早く到着してしまいまして……」


「ふふっ、この後の予定が楽しみだったんですね」


 私がそう言うと、男性は頬を赤くした。

 屈強な見た目に反して、とても純粋そうだ。

 きっとこの後の予定は、恋人とのデートだろう。


「彼女さんと、どこへ行くんですか?」


「……俺、そんなに分かりやすいですかね」


「はい。幸せオーラが駄々洩れです」


 男性は自身の頬を叩いて、顔を引き締めた。

 しかしすぐに頬が幸せそうに弛んでくる。


「彼女さん、可愛い方なんですか?」


「ええ、とても。それに貴族なのにフレンドリーで……平民の俺とは身分違いの恋ってやつなんですけどね」


「すごい。恋愛小説みたいですね!」


 身分違いの恋というワードに私が飛びつくと、男性は先ほどまでの幸せそうな笑顔を若干曇らせた。


「身分違いの恋が成就するのは、小説の中だけです」


「え? 結婚を断られたんですか?」


 口に出してから、失礼なことを聞いてしまったと気付いたが、失言を取り消すことは出来ない。

 急いで謝ろうとすると、男性が手で制止した。


「大丈夫です。断られる以前の問題ですから。俺は……貴族として贅沢が約束されている相手を、貧乏生活に引きずり込みたくないんです」


「彼女さんが貧乏は嫌だと言ったんですか?」


「嫌かどうかの前に、彼女はきっと貧乏を知りません。仕事どころか、身の回りの世話を自分で行なうことすらしてこなかったらしいですから……もちろんそれが悪いとは思いません。それが貴族です」


 男性の身なりを見る限り、食うに困るほどの貧乏には見えない。

 しかし高価そうなものを身に着けていないのもまた事実で。


 「愛があれば乗り越えられる」と言うのは簡単だが、実際には難しい問題だ。

 貴族は家柄を大事にするから、娘を平民に嫁がせることには親が反対するだろう。

 もし反対を押し切って結婚したとしても、彼女に待っているのは貴族の頃とは全く違う生活だ。

 彼女が苦労することは目に見えている。

 それを分かった上で、平民の自分と結婚してほしいと言えるだろうか……非常に悩ましい。


「軽率なことを言ってごめんなさい」


「いいえ、俺の方こそすみません。店員さん相手にお喋りをしてしまって」


 男性と私でペコペコと頭を下げあった。


「お喋りに関しては気にしないでください。ただ黙って店番をしているよりも、誰かと話していた方が私も楽しいですから」


「ではお喋りのお礼に何か買います。何がいいかな……」


 そう言いながら男性が商品棚を確認し始めたので、店員としてはよくないかもしれないが、やんわりと断っておく。


「今、商品の入荷が少なくて困っているので、出来れば買わないでほしいです」


「えっ」


「だから……そのお金で、彼女さんにケーキを食べさせてあげるのはいかがでしょう?」


 私が男性に向かって微笑むと、意図をくんだ男性はまたペコリと頭を下げた。


「お心遣いありがとうございます。もし町で困ったことがありましたら、警備隊のアンドリュー・ミーハンをお呼びください。すぐに向かいますので」


「警備隊の方だったんですね。何かあった際は、そうさせていただきます」


 そのとき、新たなお客さんによって店の扉が開けられた。


「やっぱり中にいたのね、アンディー……あら」


「いらっしゃいませ……イザベラお姉様」


 新たなお客さんは、イザベラお姉様だった。




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