店に入るなり、まっすぐ私に向かって歩いてきたイザベラお姉様は、私の顔面をなめ回すように確認した。
「あんた……変装が雑じゃない?」
「雑ですかね?」
「雑よ。髪色を変えただけじゃない。変装するならもっと顔を歪ませないと意味がないわ!」
もっとこうやって、とイザベラお姉様が私のあごをしゃくれさせようと掴んできたので、慌てて手を押し返す。
「ちょっと待ってください。私はずっとこの可愛い顔で生活してきたんですよ!? しゃくれた顔なんて耐えられるはずがありません!」
私はどこかで聞いたような言葉を口にした。
「ちょっとクレア! 全国のしゃくれに謝りなさい!」
「それはそう」
全国のしゃくれの方、軽率なことを言って申し訳ありませんでした。
「はあ。まったくあんたは分かってないわ。お子様なんだから」
「私、お子様ですか?」
今の会話にお子様要素があっただろうかと首を傾げていると、イザベラお姉様は腰に手を当てつつ私を見下ろした。
「ちょっぴりコンプレックスがあった方が、味わい深い人間になるのよ。それが分からないうちはお子様ね」
「えっと……影が出るってことですか?」
「そうよ。自分に絶対の自信を持って能天気に生きている人よりも、影がある人の方がずっと魅力的なんだから!」
「その辺は個人的な好みの問題の気もしますが……でも、イザベラお姉様の言いたいことは分かりました」
影のある人間は、噛めば噛むほど味の出るスルメのような魅力がある。その魅力は、その人自身の欠点やコンプレックスによって生まれる。だからコンプレックスがあるのは悪いことではない。
イザベラお姉様はそう言いたいのだろう。
「ということは、彼にも欠点があるんですか?」
私がアンドリューさんにちらりと目をやると、イザベラお姉様は少し考えてから口を開いた。
「そうねえ。アンディーは歯並びが良くなくて……でも一緒にいるうちにヤンチャに生えている歯がチャーミングに見えてきたから欠点ではないかもしれないわ。あとは涙もろくて……ううん、これも彼の魅力だわ。って、何を言わせるのよ!?」
「イザベラお姉様が、勝手に惚気始めたんじゃないですか」
「あんたがアンディーに欠点があるのか聞いてきたせいでしょ!?」
「確かに聞きましたが、惚気てほしいなんて言ってませんよ」
「このっ、生意気なんだからっ」
私とイザベラお姉様がわちゃわちゃしていると、声をかけても良いものか悩んでいるのだろう遠慮がちな小声が聞こえてきた。
「こちらの店員さんは、イザベラの知り合いなのか?」
「あら、アンディーがいたことを忘れていたわ」
「俺の話をしてたのに? ……まあ、会話に夢中だったからね、二人とも」
「長い付き合いなのよ。ほらクレア、挨拶して」
言いながらイザベラお姉様は、アンドリューさんから私の姿がよく見えるよう、私の背中を軽く押した。
「こんにちは。クレア・クランドルです」
「クランドル……イザベラの妹さん?」
アンドリューさんに尋ねられたイザベラお姉様は、困ったように肩をすくめた。
「一緒に暮らしてはいないわ。複雑な家庭なのよ」
複雑というほど複雑でもないが、私のことを「父親が娼婦との間に作った子ども」と紹介するのは、はばかられたのだろう。
イザベラお姉様は曖昧に答え、アンドリューさんもまた深くは聞かなかった。
「こっちは、この町の警備隊の人よ」
イザベラお姉様が、今度はアンドリューさんを私に紹介した。
私はアンドリューさんを見て意味深に頷きつつ、イザベラお姉様に耳打ちをした。
「イザベラお姉様は、こういう逞しいタイプが好みだったんですね」
「べっ、別に、逞しいから選んだわけじゃないわよ! 逞しさよりも、まっすぐで誠実なところが彼の魅力で……ってまた何を言わせるのよ!?」
照れを隠すために私の頬をつねろうとしたイザベラお姉様の手を、華麗に避ける。
「自分から言ったんじゃないですかぁ」
「クレアのくせにあたしをからかおうなんて、百年早いんだからねっ!?」
「からかうだなんて、そんなつもりはありませんよ。さっきも今も、イザベラお姉様が勝手に自滅したんですよ」
「誘導したのはあんたでしょ!?」
またしても私たちが騒いでいると、いつの間にか商品棚を物色していたアンドリューさんが、感嘆の声を漏らした。
「すごい。防御魔法の掛かったブレスレットが売っているぞ」
「あんたはあんたで何してるのよ」
「なあ。このブレスレット、すごく良いと思わないか?」
「何に使うのよ、そんなもの」
すかさずイザベラお姉様がアンドリューさんからブレスレットを取り上げた。
あのブレスレットの説明書は私も先程読んだ。
私の腕輪と同じような効果だが、私のものよりも弱い防御魔法が掛かっているらしい。
さらにブレスレットには綺麗な宝石が使用されており、魔法道具と装飾品のどちらの面でも使用できるようになっている。
「いざというときにこの腕輪があれば、イザベラが自分で身を守れるだろう?」
「あんたがあたしを守りなさいよ!」
「俺は常に一緒にいるわけじゃないから。イザベラは力も魔力も弱いから心配なんだよ」
「心配なら、あたしのピンチには必ず駆け付ければいいでしょう!?」
イザベラお姉様……。
とっても可愛いことを言っているのに、言い方がそれを台無しにしている。
これでは恋人のアンドリューさんも愛想を尽かしてしまう。
……と思ってアンドリューさんの顔を盗み見ると、口元がにやけていた。
どうやらイザベラお姉様が愛想を尽かされる心配はなさそうだ。
「それなら、こっちはどう? 声を大きくすることも、小さくすることも出来る魔法道具『オトナリさん』だって。ドアの形をしているけど、ドアノブの部分を取り外して耳に入れることも出来るみたいだよ」
「ねえ、やめてくれない?」
アンドリューさんが別の魔法道具を手に取ると、イザベラお姉様が不機嫌そうな声を出した。
「イザベラ、どうかしたのか?」
「あたしと一緒にいるのに、あたしよりも魔法道具ばっかり見るなんてどういうつもりなの。あたしを馬鹿にしないでくれる!?」
機嫌を損ねたイザベラお姉様は、腕を組みながらそっぽを向いてしまった。
しかしアンドリューさんは焦るでもなく、さらに頬を弛ませている。
「イザベラは自分だけを構ってほしかったんだな。気付かなくてごめん」
「そんなこと言ってないじゃない。自惚れないでちょうだい!」
「魔法道具に嫉妬するイザベラ、可愛いなあ」
うっとりとしながらイザベラお姉様を見つめるアンドリューさんの腹に、イザベラお姉様の拳が飛んだ。ぽかぽかと何度も殴っている。
「違うわよ。あんたの勘違いだからっ」
「あはは。ムキになるイザベラも可愛いなあ」
「馬鹿にしないで!」
「馬鹿になんかしてないよ。手が小さくて可愛い。一所懸命で可愛い。イザベラの全部が可愛い」
「もぉーーーっ!!」
すごい。
アンドリューさんは、イザベラお姉様の扱いに長けている。
しばらく二人のイチャイチャを眺めていた私だが、ふと大事なことに気付いた。
これは、イザベラお姉様に髪飾りを渡すチャンスなのでは!?
この機会を逃すと、次に会えるのはいつになるか分からない。
問題は、髪飾りが出来上がっているかどうかだが……。
普通ならこんな短時間で完成させること不可能だが、作っているのはシリウス様だ。
もしかすると、すでに完成しているかもしれない。
私はイチャイチャし続ける二人を放置して、シリウス様のいる奥の作業部屋へと向かった。