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【第四章】

第72話 本物の聖女


 光る石で思いつくのは一つ。聖女を見分ける原石だ。

 そういえばイザベラお姉様にプレゼントした髪飾りには、緑色の宝石が散りばめられていた。


 ……あの宝石、聖女を見分ける原石を研磨したものだったのでは?


「宝石が光るようになっているのか。すごい仕掛けだな」


「本当ね。でもさすがに目立ち過ぎる気がするわ」


「そうだな。今は付けない方がいいだろうな」


「お忍びデート中だものね。この髪飾りはパーティー用にするわ」


 そんなことは一切知らないイザベラお姉様とアンドリューさんは、光る髪飾りを見ながら談笑している。


「あ、あの、イザベラお姉様……?」


 私がおずおずと声をかけると、ぎこちない動きをする私を見たイザベラお姉様が眉をひそめた。


「なによ。髪飾りが惜しくなったの?」


「そうじゃなくて」


「フン。あたしいらないわ、こんなもの」


 イザベラお姉様が、持っていた髪飾りを私の手に握らせようとしてきたので、距離を取ってそれを拒否した。


「いいえ、イザベラお姉様。そうではなく……」


「イザベラはまた誤解される言い方をして」


 アンドリューさんが慣れた様子で、身体を屈めて私と目線を合わせた。


「今のは、この髪飾りを君が欲しくなったのなら返す、という意味です。髪飾りが気に入らなかったわけではないので安心してください」


「通訳ありがとうございます」


 アンドリューさんは、きっと何度もイザベラお姉様の通訳とフォローをしているのだろう。

 あまりにも自然にフォローを入れてくれた。

 しかし私は、髪飾りが惜しくなったわけではなく。


「事態はもっと緊急と言いますか」


「緊急って、なにが?」


「イザベラお姉様とアンドリューさん、ちょっとだけ待っていてくださいね」


 私は二人の返事も聞かずに、シリウス様のもとへと走った。




「シリウス様! もしかしてあの髪飾りにはめてある緑色の宝石って」


「ん? 聖女を見分ける原石だが?」


 作業部屋に入ると、店内での出来事を知らないシリウス様が、呑気に宝石の研磨を続けていた。

 魔法を使っているのか、すでに何個もの原石が光り輝く宝石に姿を変えている。


「聖女を見分ける原石を研磨すると、このような緑色の宝石になる……ああ、そなたにもこの宝石で何か作ってやるから心配するな」


「どうして」


「この石を髪飾りに使った理由か? 贈り物は瞳と同じ色を使ったものだと喜ばれると聞いたことがあったから、この石を使うことにした。そなたの姉の姿は、四年前に見たことがあったからな」


 なるほど。イザベラお姉様の瞳が緑色だから同じ緑色の……って、違う! 私は髪飾りのデザインの話をしたいわけじゃない!


「手元にあの原石があったため、丁度いいと思ったのだが……不評だったのか?」


「そうではなく」


 好評か不評かで言ったら、間違いなく好評だった。綺麗だと喜んでくれていた。

 でも今重要なのは、それではなく。


「聖女を見分ける原石って、研磨しても効果は変わらないですよね?」


「変わらん。それがどうした」


「光ったんです」


「ふむ。センスの光る贈り物だったか。それはよかった」


 今の話の流れで、どうしてそうなる!?

 さすがにわざとやっているのではと疑いたくなってしまう。


「聖女を見分ける原石……を研磨した宝石が、光ったんです。イザベラお姉様が触ったときに」


 私が告げた瞬間、シリウス様は部屋の扉を蹴破らん勢いで開けた。

 そして店内にいたイザベラお姉様に向かって、ものすごい剣幕で近付いていく。


「キャーーーッ!?」


「敵襲か!?」


 渇望していた聖女を逃すわけにはいかないと必死なシリウス様は、殺気を放っていると思われたようだった。

 イザベラお姉様は怯え、アンドリューさんは警戒態勢をとっている。


「違うんです。シリウス様は危険人物ではなく……シリウス様も一旦落ち着いてください!」


 私はシリウス様の腰に腕を回して、歩みを止めようとした。

 しかしシリウス様は止まることなく、私をずるずると引きずりながら歩みを進める。

 そしてイザベラお姉様の前までやって来たシリウス様は、手に持ったままだった緑色の石をイザベラお姉様に渡した。


「これを持て」


「え?」


 咄嗟のことだったからか、イザベラお姉様は警戒していたシリウス様から石を受け取ってしまった。

 すると、イザベラお姉様の手が触れた瞬間に、石が光を放った。


「やっと……見つけた……」


 イザベラお姉様の手の上で光る石を見て、シリウス様がぼそりと呟いた。




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