「ええっと……これは一体、どういうことなのか教えてくれますか?」
イザベラお姉様に石を渡したまま動かなくなってしまったシリウス様を見て、アンドリューさんは警戒態勢を解いていいのか迷っているようだった。
「話せば長くなるんですけど、とりあえずシリウス様に害意はありませんので」
「害意が無いというか……そもそも意識はあるのか?」
探し求めていた聖女が目の前に現れた事実に、シリウス様は放心しているようだった。
イザベラお姉様を見つめたまま、固まってしまっている。
「シリウス様。まずは会話をしてください」
「ハッ!?」
私に背中を叩かれ、シリウス様はやっと硬直が解けたようだった。
「そなたの力が必要だ。協力してほしい」
「協力……って、何に?」
私が言いたかったのは、とりあえず挨拶でもしたらどうかということだったのだが。
シリウス様はすべてを吹っ飛ばしすぎだ。
いきなり謎の協力を頼まれて、ハイやります、と答える人はいないと思う。
「報酬として、余に可能なことなら何でもする。何でも与える。だからどうか余に協力を」
「シリウス様。何に協力してほしいのかを伝えないと分かりませんよ」
私はシリウス様の後ろから、シリウス様の顔が見える位置へと移動し、助言をした。
「ああ、その通りだな。嬉しさのあまり先走ってしまった。何に協力してほしいかと言うと……」
「その前に、まずは挨拶と自己紹介をしないと。名乗りもせずにいきなり協力を申し込んでくる相手は怖いですよ」
「なるほど」
私の言葉に納得したらしいシリウス様は、イザベラお姉様の手を取りつつ、片膝をついた。
「どうか先程の無礼を許してほしい。余はシリウスだ。ずっとそなたのことを探していた。そなただけを求めていた。運命の待ち人、どうか余と」
「ちょーっと待ったあーーー!!」
確かに挨拶と自己紹介はしているが、この挨拶ではとんでもない誤解が生まれそうだ。
……というか、現在進行形で誤解が生まれている。
イザベラお姉様は頬を赤くしているし、アンドリューさんは目を白黒させている。
「今のは忘れてください。私が概要を話しますから。それと、シリウス様はあっちで全員分の椅子と紅茶でも用意していてください」
「そうか? では少し待っているといい」
そう言うとシリウス様は、先程までいた作業部屋へと向かって歩き出した。
……助かった。
正直、シリウス様は話をややこしくする気しかしない。
実際にたった一言で場を混乱に陥れてしまったのだ。
「イザベラお姉様、このあとお時間はありますか? 聞いてほしい話があるんです」
あまりの出来事にボーっとしていたイザベラお姉様は、私に名前を呼ばれて肩を跳ねさせた。
「今、何が起こったの? いきなり運命の相手に指名された気がするのだけれど」
「私にも分かりません。なぜ自己紹介だけで誤解を招くことが言えるんでしょうね」
「あ、誤解……誤解よね!?」
「誤解!? ……よ、よかったあ。イザベラが美形に盗られるかと思った」
この反応から察するに、イザベラお姉様はシリウス様に告白をされたと思ったのだろう。
そしてアンドリューさんもイザベラお姉様が告白されたと思っていたようだ。
……あの言い方では、こうなるのも頷ける。
「シリウス様がいきなり変なことを言ってしまいましたが……イザベラお姉様に、とても大事なお話があるんです」
私が真剣な顔をしていたからだろうか。
このあとデートをする予定だったにもかかわらず、イザベラお姉様はアンドリューさんに向き直った。
「ねえアンディー、妹の話を聞いてもいいかしら?」
「ああ。君が望むならいくらでも」
無事に許可が下りたので、簡単に概要を話す。
「突拍子もないことを言いますが……イザベラお姉様は、聖女です」
「聖女はシャーロット様でしょう?」
「そうだけどそうじゃないと言いますか……今、イザベラお姉様が握りしめている石がありますよね?」
私に言われて初めて、イザベラお姉様はシリウス様から手渡された石を握ったままでいることに気付いたらしい。
手の中で光を放つその石を、不思議そうに見つめた。
「その石は、聖女を見分ける原石なんです。聖女が触ると石が光るんです。ちょっと貸してください」
言われた通りにイザベラお姉様は私に石を渡した。
するとイザベラお姉様の手を離れた石は、光ることを止めた。
「あっ」
「このように、聖女以外が触っても石は光りません。アンドリューさんも触ってみてください」
ついでにアンドリューさんが触っても石が光らないことを確認させた。
しかしイザベラお姉様が触ると、石はまた光を放つ。
「シリウス様はずっと聖女を探していたんです。でも、求婚するためではないので安心してください。聖女にやってほしいことがあるんです」
「聖女にやってほしいこと?」
そのとき、作業部屋からシリウス様が出てきた。
片手にティーポットとカップの乗ったトレイを持ち、反対の手に持った杖を振ってテーブルと椅子を浮遊させている。
「あの人、すごいわね」
「俺だってあれくらいなら出来るよ」
「そうなの?」
イザベラお姉様がシリウス様を褒めると、アンドリューさんは少し拗ねた様子だった。
シリウス様と張り合おうとして嘘を吐いているのか、それとも本当に魔法が使えるのかは分からない。
どちらにしても、何だか可愛い。アンドリューさんはよっぽどイザベラお姉様のことが好きなのだろう。
「好きな席に座るといい」
シリウス様は、商品棚をこれまた杖で移動させてあけた空間に、テーブルと椅子を置いた。
椅子もティーカップも四つずつ用意してある。
「俺の分の椅子までありますが、家族の込み入った話なら、俺は席を外した方がいいのではありませんか?」
自分の分まで用意されていることに、アンドリューさんは驚いているようだった。
「出来れば一緒に聞いてほしい。その上で聖女の護衛を頼まれてくれると嬉しい」
「護衛? イザベラに危険なことをさせるつもりなんですか?」
またもや話を飛ばそうとするシリウス様を制止した。
「シリウス様。まずは順を追って話しましょう」
私がシリウス様をなだめていると、その様子にピンときたらしいイザベラお姉様が私に詰め寄った。
「ちょっとクレア。もしかしてあんたの恋人って、あの人なの?」
「いやあ恋人と言いますか、未来の恋人と言いますか……」
「彼女は余の愛玩動物だ」
うん。シリウス様は、話をややこしくする天才かな?
「まさかあんた、あの人に変なことをされてるんじゃないわよね?」
やはりというか何というか。
またしてもシリウス様の発言で誤解をしたイザベラお姉様が、私の肩を揺さぶった。
「変なことなんてされてませんから安心してください」
少なくとも、イザベラお姉様が想像しているであろう変なことは。
死神の鎌を持っての追いかけっこや、動物の使用人たちとのダンスパーティーはしたが、イザベラお姉様の言う変なこととは、そういう意味ではないはずだ。
「でも今、愛玩動物って」
イザベラお姉様がシリウス様に疑いの眼差しを向けた。
シリウス様に喋らせると誤解の上塗りをしそうだったので、私から説明をすることにした。
「愛玩動物というのは、働きもせずに三食美味しいご飯を食べて、ふかふかのベットで寝る生活を送っている者のことです」
「……大層なご身分ね、あんた」
愛玩動物の真相を聞いたイザベラお姉様は、全身を使って呆れたと言っていた。