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第74話 治癒魔法というものは


 店のドアノブにかけられた札をCLOSEにして、念のため扉の鍵も閉めた。

 これからするのは、万が一にも誰かに聞かれたら、大変なことになる話だ。


「……それで、あたしが聖女って話だけど。ごめん、信じられないわ」


「なんで!?」


 聖女を見分ける原石を使って説明したのに、イザベラお姉様は自分が聖女だという話を信じてはいないようだった。

 涼しい顔をしながら紅茶を飲んでいる。


「当たり前じゃない。石を光らせたら聖女だなんて……あたしには、シャーロット様のような死人を蘇らせる力は無いもの」


 そのシャーロットが本物の聖女ではないのだが……何から話せばいいのだろう。


「そなたは、不思議な力を感じたことはないか」


 私が頭を悩ませていると、シリウス様がイザベラお姉様に質問をした。


「不思議な力と言われても……あたしが使える魔法は簡単な治癒魔法くらいよ?」


「治癒魔法は、使える人は使えるもんなあ」


「そうよねえ。アンディーも使えるわよね?」


「俺、治癒魔法は下手なんだよなあ。魔法の種類によって、誰しも得手不得手があるからさ。これは素質の問題だから努力ではなかなか覆らないんだ」


 首を捻りながら雑談するイザベラお姉様とアンドリューさんを見て、シリウス様は静かに頷いていた。


「クランドル家は魔力の弱い家系らしい。それなのに治癒魔法が使えたのか?」


「治癒魔法と言っても、ジャンに殴られたクレアを治療した程度よ」


 イザベラお姉様は平然と言ったが、私は寝耳に水だ。


「そうなんですか!?」


「え、気付かなかったの?」


「はい。私って回復力が高いんだなぁと思ってました」


「おめでたいわね……」


 ジャンに殴られて血を吐いても、寝ると翌日にはケロッとしていた。

 腫れた頬だって、青痣だって、切れた皮膚だって、寝ればすべて治っていた。


 …………あ。

 城に住むようになってから人体の構造について学んだが、人間はそんなに強くはなかった。


「そなたは妹を治療する際に、妹の寿命を消費したり、彼女の傷を自分に移したりはしたか?」


「え? そんなことしなくても治せるでしょ?」


 イザベラお姉様の発言を聞いたアンドリューさんが、シリウス様を見た。

 イザベラお姉様との会話から考えて、アンドリューさんには魔法の心得がある。

 だから、今のイザベラお姉様の発言がおかしいことに気付いたのだろう。


「寿命の消費や傷の転移をしなければ治せない。強力な魔術師であってもな」


「でも、治せたわよ?」


「普通は治せないんだよ、イザベラ」


 アンドリューさんがシリウス様側についたことに、イザベラお姉様はとても驚いていた。

 てっきりアンドリューさんはいつでも自分の味方だと思っていたのだろう。


「あたしが嘘を吐いているって言いたいの?」


「そうではない。そなたが使っていたのは、魔力ではなく聖力だという話だ」


「なっ……」


「そなたは聖力が使えることを、自ら証明したのだ。魔法では出来ないことを難なく行なった、と」


 イザベラお姉様は何度か口をパクパクさせてから、思いついたと手を叩いた。


「そうよ、回復薬は!? 回復薬だってかけるだけで傷を治せるじゃない!」


 そういえば回復薬はどういう扱いなのだろう。

 私は回復薬を何度もかけられているが、もしかしてその度に寿命が短くなっていた?

 …………いやいやいや、それなら私に許可を取ってから使って欲しいなあ!?


「あたしの魔法は、回復薬みたいなものなんじゃないの!?」


「それは違う。回復薬は、薬草の寿命を凝縮させたものだ。それゆえに大量の薬草の葉から少量しか抽出出来ないであろう?」


 イザベラお姉様は救いを求めるようにアンドリューさんを見たが、アンドリューさんは首を振った。


「この人の言う通りだよ。回復薬は、自分の寿命を消費する代わりに薬草の寿命を消費する仕組みだ。ちなみに薬草は葉の数枚を失ったところで薬草自体の寿命が無くなるわけではないから、その分回復薬の精製には大量の葉が必要となる」


 つまり、私の寿命は無事ってこと?

 よかったぁ。


「回復薬は、薬草の命を頂いているということだ。だからこそ大切に扱う必要がある」


 シリウス様は言い聞かせるようにそう言ったが、私は知っている。

 薬草が育ち過ぎて困っているから、回復薬にするどころか食事に混ぜていることを。


 ……あれ。食事だって生きるために命を頂いているんだから、薬草を大切に扱っているとも言えるか。

 まあ何にせよ、薬草は偉大ということだ。


「じゃあ、あたしの治癒魔法は……」


「治癒魔法ではなく、聖力で傷を癒したのだろう」


「聖力は奇跡の力とも言われているからね。治癒魔法の原則を無視しての使用が可能なら、それは奇跡と呼べるんじゃないか?」


 イザベラお姉様は、一度俯いて考えてから、困ったように顔を上げた。


「でも、あたしは、ただの貴族令嬢で……親族に聖女がいたという話も聞かないし……」


「聖女は血筋で生まれるものではない」


「だってシャーロット様は代々聖女の家系で……」


「それについてはこれから話すが、シャーロットは本物の聖女ではない。本物の聖女は、イザベラ・クランドル。そなただ」


 イザベラお姉様は、自分が聖女ということに加えて現聖女のシャーロットが偽物だと言われて、激しく混乱しているようだった。

 助けを求めてアンドリューさんを見たが、アンドリューさんは答えを持っていない。

 続けてイザベラお姉様は私のことを見たが、私は微笑むだけに留めた。

 下手に解説を挟んでシリウス様の話を邪魔したくなかったからだ。

 それに今、私は別のことに頭を使っていた。


 シリウス様は、イザベラお姉様のことを名前で呼んだ。

 それに私がイザベラお姉様の妹であることも知っていた。

 私たちの会話を聞いていれば察せることではあるが、シリウス様の場合はきっと違う。

 シリウス様は、私を屋敷から連れ出す際に、イザベラお姉様のことも確認していたのだ。


 私の監視を始めるのがあと数日早かったら、イザベラお姉様が私に聖力を使うところを目撃し、今より四年早く本物の聖女に辿り着いていたかもしれない。

 その場合、まだ幼い私は、話に加えてもらえなかっただろう。


 四年遅く聖女が見つかったことは、シリウス様にとっては不幸だったのかもしれないが、私にとっては幸いかもしれない。


 巡り合わせとは、面白いものだ。




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