シリウス様は、イザベラお姉様とアンドリューさんに冥界の住人の話を語った。
私に語ったときよりも話が短く簡潔にされていたが、大筋は伝わっただろう。
イザベラお姉様もアンドリューさんも、シリウス様の話にただ黙って耳を傾けていた。
「…………というのが、冥界の住人の仕事であり、余の過去でもある」
話を聞き終えたイザベラお姉様とアンドリューさんは、お互いに顔を見合わせた。
「なんというか……壮大な話過ぎて、何を言えばいいのか分からないわ」
「ああ。だが、今の話を鵜呑みにしてもいいものだろうか」
「そうよね。シャーロット様が聖女じゃないなんて……」
困惑する二人に、私が声をかけた。
「二人とも。シリウス様が嘘を吐けるタイプだと思いますか?」
「今日会ったばかりだから分からないわよ!」
確かに。
普段のシリウス様を知っている私からすると、シリウス様の発言すべてが本当のことだと感じるのだが。
初対面の二人には、そんなことは分からない。
「今の話の真偽は置いておいて。あたしにやってほしいことって何なの?」
「……シャーロットを聖女の座から引きずり降ろし、シャーロットの代わりに聖女の座についてほしい」
シリウス様の言葉を聞いたイザベラお姉様は、やっぱりそうなのね、と額に手をやった。
「話の流れから考えて、そうなるわよね」
「俺は反対だ」
すかさずアンドリューさんが言葉を挟んだ。
「聖女を引きずり降ろすなんて、失敗したら処刑されるかもしれない」
「かもしれない、ではなく、されるでしょうね」
いくらイザベラお姉様が本物の聖女だったとしても、そのことを信じてもらえるかは別問題だ。
現にシャーロットは偽物なのに、聖女として君臨している。
真実が勝つとは限らない。
「それどころか、自分が本物の聖女だと名乗り出た時点で、攻撃されるでしょうね」
王家と密接な関係にある聖女を糾弾するのだ。
真偽に関わらず、宣言自体が王家への反逆ととられてもおかしくない。
「そこで、そなたの出番だ」
シリウス様がアンドリューさんに視線を向けた。
「そなたに、聖女の護衛を頼みたい」
「簡単に言いますけどねえ」
アンドリューさんは乱雑に自身の頭を掻いた。
もしイザベラお姉様が名乗り出た場合、シャーロットを支持する民衆や王宮騎士たちから、イザベラお姉様を守る必要がある。
ただの一警備隊員であるアンドリューさんが。
「それが困難なことだと、分かって言ってるんですよね?」
「当然、余も護衛に加わる。聖女には最上級の防御魔法も掛ける」
「危険なのは宣言した瞬間だけではありません。結果によっては、イザベラのその後の人生を台無しにするかもしれないんです」
もし王家がイザベラお姉様を聖女だと認めなかった場合、その場では逃げきれたとしても、イザベラお姉様は指名手配される可能性がある。
そうなったら、これまで通り侯爵家で暮らすことは難しいだろう。
「無論、宣言時だけではなくその後も、出来る限りのフォローはするつもりだ」
「出来る限りじゃ駄目なんですよ!」
「ちょっとアンディー」
声を張り上げたアンドリューさんの背中を、イザベラお姉様がさすった。
「出来る限りやったけど駄目だった、なんて許されないんだよ。イザベラを幸せに出来なかった、なんて絶対に許されない!」
アンドリューさんはシリウス様にというより、自分に言っているようだった。
相思相愛なのにアンドリューさんがイザベラお姉様に結婚を申し込まないのも、これが理由だった。
「アンディー、何の話をしているの?」
「イザベラの未来の話だよ」
話が飛躍したことをイザベラお姉様は不思議がっていた。
きっとアンドリューさんは、自身が結婚を申し込まない理由を、イザベラお姉様には伝えていないのだろう。
「イザベラには、幸せになれる道を歩んでほしいんだ」
「あのねえアンディー。あたしはお人形じゃないの。どんな道だろうと、幸せには、勝手になるわ」
イザベラお姉様は、そう言い切った。
どんな道を歩いていても、勝手に幸せになると。
「そりゃああたしだって殺される未来は嫌だけど。生きてるなら勝手に幸せになるから。お気になさらず」
「イザベラお姉様って、そういうことを言うタイプでしたっけ?」
今の言葉は、どうにもイザベラお姉様のイメージと違う気がする。
私の記憶の中のイザベラお姉様は、お膳立てされた綺麗な道を幸せそうに歩く人だった。
どこでだって勝手に幸せになるだなんて、そんな雑草みたいなことを言う人ではなかった。
「……少しは変わったのかもね。あたしも」
「でも、ちょっと生意気な感じのする表現なので、発言する際は気をつけた方がいいかもしれません」
私が言うと、イザベラお姉様は何とも言えない表情で私のことを見た。
「あんたって、自分のことが見えていないのかしら」
「へ? なんでここで私の話?」
「今の言葉はいかにもあんたが言いそうな……まあいいわ。とにかく、店主さんの話には乗れないわ。あたしには荷が重い話よ」
ついにイザベラお姉様から、お断りをされてしまった。
「どうしても駄目か? 欲しいものなら何でも与える。願いも叶える」
「見返りがあればやるとか、そういう問題じゃないの。あたしには無理よ」
「シャーロットが今のまま好き放題していたら、天変地異が起こる。そうなったら、そなたも、大切な人たちも、全員死ぬことになる」
このままだと、冥界と地上の魂を調整するために大災害が起こる。
それを止めるには、シャーロットを何とかするのが一番だ。
「そんなことを言われても、出来ないものは出来ないわ」
「イザベラお姉様、私からもお願いします」
「申し訳ないけれど、あたしに聖女なんて無理よ。そんな器じゃないもの」
私も頭を下げたが、イザベラお姉様が首を縦に振ることはなかった。
「イザベラお姉様は、自分で思っているよりもすごい人だと思います」
「お世辞は結構よ」
「いいえ。家族に気付かれないように、私のことを助けてくれました。イザベラお姉様は勇気のある人です」
口下手なシリウス様に代わって、再度私がイザベラお姉様の説得を試みる。
「シャーロットを放置すれば、いずれ必ず天変地異が起こります。そして天変地異の起こる地は、勝手に死人を蘇らせているこの国になる可能性が高いです」
イザベラお姉様は困ったように、アンドリューさんと顔を見合わせた。
「申し訳ないのだけれど……そもそもその話自体が真実かどうか分からないのに、協力は出来ないわ」
「俺も同じ意見です。魂の調整や冥界の住人の話は、君たちの妄想の可能性があると思っています」
妄想か。確かにシリウス様の語る話は、簡単に信じられるものではない。
しかも二人にとっては語り手であるシリウス様は初対面だ。怪しいことこの上ない。
すぐにでも妄想疑惑を否定したいところだが、シリウス様の話が真実であることを証明するのはとても難しい。
確固たる証拠がどこにもないからだ。
しかしシリウス様の性格を考えると……でもこれは、シリウス様と初対面であるイザベラお姉様とアンドリューさんには通じない。
「シリウス様、どうしましょう?」
困った私がシリウス様に助けを求めると、シリウス様は立ち上がり、商品棚を漁り始めた。
「シリウス様……?」
「これで証明になるだろうか」
そう呟いたシリウス様は、剣で自身の心臓を貫いた。