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第75話 妄想と言われると弱ります


 シリウス様は、イザベラお姉様とアンドリューさんに冥界の住人の話を語った。

 私に語ったときよりも話が短く簡潔にされていたが、大筋は伝わっただろう。

 イザベラお姉様もアンドリューさんも、シリウス様の話にただ黙って耳を傾けていた。


「…………というのが、冥界の住人の仕事であり、余の過去でもある」


 話を聞き終えたイザベラお姉様とアンドリューさんは、お互いに顔を見合わせた。


「なんというか……壮大な話過ぎて、何を言えばいいのか分からないわ」


「ああ。だが、今の話を鵜呑みにしてもいいものだろうか」


「そうよね。シャーロット様が聖女じゃないなんて……」


 困惑する二人に、私が声をかけた。


「二人とも。シリウス様が嘘を吐けるタイプだと思いますか?」


「今日会ったばかりだから分からないわよ!」


 確かに。

 普段のシリウス様を知っている私からすると、シリウス様の発言すべてが本当のことだと感じるのだが。

 初対面の二人には、そんなことは分からない。


「今の話の真偽は置いておいて。あたしにやってほしいことって何なの?」


「……シャーロットを聖女の座から引きずり降ろし、シャーロットの代わりに聖女の座についてほしい」


 シリウス様の言葉を聞いたイザベラお姉様は、やっぱりそうなのね、と額に手をやった。


「話の流れから考えて、そうなるわよね」


「俺は反対だ」


 すかさずアンドリューさんが言葉を挟んだ。


「聖女を引きずり降ろすなんて、失敗したら処刑されるかもしれない」


「かもしれない、ではなく、されるでしょうね」


 いくらイザベラお姉様が本物の聖女だったとしても、そのことを信じてもらえるかは別問題だ。

 現にシャーロットは偽物なのに、聖女として君臨している。

 真実が勝つとは限らない。


「それどころか、自分が本物の聖女だと名乗り出た時点で、攻撃されるでしょうね」


 王家と密接な関係にある聖女を糾弾するのだ。

 真偽に関わらず、宣言自体が王家への反逆ととられてもおかしくない。


「そこで、そなたの出番だ」


 シリウス様がアンドリューさんに視線を向けた。


「そなたに、聖女の護衛を頼みたい」


「簡単に言いますけどねえ」


 アンドリューさんは乱雑に自身の頭を掻いた。

 もしイザベラお姉様が名乗り出た場合、シャーロットを支持する民衆や王宮騎士たちから、イザベラお姉様を守る必要がある。

 ただの一警備隊員であるアンドリューさんが。


「それが困難なことだと、分かって言ってるんですよね?」


「当然、余も護衛に加わる。聖女には最上級の防御魔法も掛ける」


「危険なのは宣言した瞬間だけではありません。結果によっては、イザベラのその後の人生を台無しにするかもしれないんです」


 もし王家がイザベラお姉様を聖女だと認めなかった場合、その場では逃げきれたとしても、イザベラお姉様は指名手配される可能性がある。

 そうなったら、これまで通り侯爵家で暮らすことは難しいだろう。


「無論、宣言時だけではなくその後も、出来る限りのフォローはするつもりだ」


「出来る限りじゃ駄目なんですよ!」


「ちょっとアンディー」


 声を張り上げたアンドリューさんの背中を、イザベラお姉様がさすった。


「出来る限りやったけど駄目だった、なんて許されないんだよ。イザベラを幸せに出来なかった、なんて絶対に許されない!」


 アンドリューさんはシリウス様にというより、自分に言っているようだった。

 相思相愛なのにアンドリューさんがイザベラお姉様に結婚を申し込まないのも、これが理由だった。


「アンディー、何の話をしているの?」


「イザベラの未来の話だよ」


 話が飛躍したことをイザベラお姉様は不思議がっていた。

 きっとアンドリューさんは、自身が結婚を申し込まない理由を、イザベラお姉様には伝えていないのだろう。


「イザベラには、幸せになれる道を歩んでほしいんだ」


「あのねえアンディー。あたしはお人形じゃないの。どんな道だろうと、幸せには、勝手になるわ」


 イザベラお姉様は、そう言い切った。

 どんな道を歩いていても、勝手に幸せになると。


「そりゃああたしだって殺される未来は嫌だけど。生きてるなら勝手に幸せになるから。お気になさらず」


「イザベラお姉様って、そういうことを言うタイプでしたっけ?」


 今の言葉は、どうにもイザベラお姉様のイメージと違う気がする。

 私の記憶の中のイザベラお姉様は、お膳立てされた綺麗な道を幸せそうに歩く人だった。

 どこでだって勝手に幸せになるだなんて、そんな雑草みたいなことを言う人ではなかった。


「……少しは変わったのかもね。あたしも」


「でも、ちょっと生意気な感じのする表現なので、発言する際は気をつけた方がいいかもしれません」


 私が言うと、イザベラお姉様は何とも言えない表情で私のことを見た。


「あんたって、自分のことが見えていないのかしら」


「へ? なんでここで私の話?」


「今の言葉はいかにもあんたが言いそうな……まあいいわ。とにかく、店主さんの話には乗れないわ。あたしには荷が重い話よ」


 ついにイザベラお姉様から、お断りをされてしまった。


「どうしても駄目か? 欲しいものなら何でも与える。願いも叶える」


「見返りがあればやるとか、そういう問題じゃないの。あたしには無理よ」


「シャーロットが今のまま好き放題していたら、天変地異が起こる。そうなったら、そなたも、大切な人たちも、全員死ぬことになる」


 このままだと、冥界と地上の魂を調整するために大災害が起こる。

 それを止めるには、シャーロットを何とかするのが一番だ。


「そんなことを言われても、出来ないものは出来ないわ」


「イザベラお姉様、私からもお願いします」


「申し訳ないけれど、あたしに聖女なんて無理よ。そんな器じゃないもの」


 私も頭を下げたが、イザベラお姉様が首を縦に振ることはなかった。


「イザベラお姉様は、自分で思っているよりもすごい人だと思います」


「お世辞は結構よ」


「いいえ。家族に気付かれないように、私のことを助けてくれました。イザベラお姉様は勇気のある人です」


 口下手なシリウス様に代わって、再度私がイザベラお姉様の説得を試みる。


「シャーロットを放置すれば、いずれ必ず天変地異が起こります。そして天変地異の起こる地は、勝手に死人を蘇らせているこの国になる可能性が高いです」


 イザベラお姉様は困ったように、アンドリューさんと顔を見合わせた。


「申し訳ないのだけれど……そもそもその話自体が真実かどうか分からないのに、協力は出来ないわ」


「俺も同じ意見です。魂の調整や冥界の住人の話は、君たちの妄想の可能性があると思っています」


 妄想か。確かにシリウス様の語る話は、簡単に信じられるものではない。

 しかも二人にとっては語り手であるシリウス様は初対面だ。怪しいことこの上ない。


 すぐにでも妄想疑惑を否定したいところだが、シリウス様の話が真実であることを証明するのはとても難しい。

 確固たる証拠がどこにもないからだ。

 しかしシリウス様の性格を考えると……でもこれは、シリウス様と初対面であるイザベラお姉様とアンドリューさんには通じない。


「シリウス様、どうしましょう?」


 困った私がシリウス様に助けを求めると、シリウス様は立ち上がり、商品棚を漁り始めた。


「シリウス様……?」


「これで証明になるだろうか」


 そう呟いたシリウス様は、剣で自身の心臓を貫いた。




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