店から惑いの森の城へと魔法で移動した私は、窓から外を眺めていた。
「イザベラお姉様とアンドリューさんは、無事に帰れたでしょうか?」
二人が店を出てから少しして、大雨が降り始めた。
イザベラお姉様はアンドリューさんと隠れて付き合っているそうだから、きっと屋敷の専属馬車ではなく辻馬車を利用しているはずだ。
誰もが馬車を求める中、無事に馬車に乗ることが出来ただろうか。
「あと少し早めに雨が降っていたら、シリウス様の魔法で送り届けたのに」
シリウス様の魔法が、どこへでも自由に移動することが出来るかどうかは知らないが。
でも距離的なことを考えると、町から森の城へ移動するよりも、侯爵家に移動する方が近い。
「心配ない。無事に帰宅している」
独り言のように呟いた言葉に、シリウス様が返事をくれた。
「どうして分かるんですか? まさか覗き趣味が再発……」
「余に覗き趣味はない。聖女の安全を確保するための行動だ」
つまり、イザベラお姉様を監視しているんですね……。
それにしてもいつの間にそんな手際の良いことをしたのだろう。
シリウス様の剣突き刺し事件の最中にでも、イザベラお姉様のバッグに蜘蛛の使用人を忍ばせたのだろうか。
……そう、あれは事件と呼ぶに相応しい出来事だった。
「シリウス様。前に私は、作戦に協力するかどうかは考えさせてほしいと言いましたが、決めました。私も参加します」
私はくるりと振り返って、シリウス様を見つめた。
「シリウス様を一人にすると、何をするか分かりませんから」
そんな人が無茶をするのをやきもきしながら待っているくらいなら、隣で一緒に参加した方がずっとマシだ。
「急に保護者面をするようになったな」
「あんなことをされたら、安心して待ってるなんて出来ませんよ」
気軽に自分を刺すような人を、一人にしておけるわけがない。
私が隣で目を光らせないと。
「ところで、どうしてずっとアクセサリーを作っているのですか?」
「これか」
シリウス様は完成したばかりのネックレスを手に取り、得意げな顔をした。
「そなたの姉を買収しようと思ってな」
「買収」
確かにイザベラお姉様はドレスやアクセサリーが好きだが、さすがにリスクとリターンが釣り合っていない気がする。
難しい顔をする私の気持ちをどう解釈したのか、シリウス様が私の手にネックレスを乗せた。
「そなたも新しい首輪が欲しいのか?」
「いえ、別に……というか、私の愛玩動物設定ってまだ生きてたんですね」
「余も久しぶりに思い出した」
きっとイザベラお姉様に私たちの関係を説明したことで思い出したのだろう。
……せっかく思い出したのだから、愛玩動物設定を存分に満喫するのもアリなのでは?
「飼い主は愛玩動物を膝の上に乗せて、ナデナデするらしいですよ」
そう言いながら私は、シリウス様の脚の上に頭を乗せた。
「そこにいると、削った石の欠片や金属くずが落ちてくるぞ」
「それなら一旦作業を止めて私をナデナデすれば、問題解決ですね!」
私は頭を動かして、シリウス様が頭を撫でやすい体勢を作った。
「さあ!」
「さあ、と言われても」
ここまでしても撫でてくれないなんて……。
仕方ない。自分で撫でるか。
私はシリウス様の手を握ると、その手で無理やり自分の頭を撫でる。
ちょっと切ないが、シリウス様が撫でていることには違いない。私が動かしているとはいえ、撫でている手はシリウス様のものだから。
「クレアは可愛いなぁ。髪がサラサラで気持ちいいなぁ。世界一良い子だなぁ」
「…………虚しくはならないのか?」
シリウス様の手を使って自分の頭を撫でつつ変なアテレコをする私に、シリウス様は冷静な問いを投げかけてきた。
「そう思うなら、シリウス様がナデナデしてくださいよ」
「余は今、忙しい」
「暇になっても、やってくれないくせに」
「よく分かっているではないか」
私は頬を膨らませながら、シリウス様の手で激しめに頭を撫でた。
「今だけ大サービスです。頭だけじゃなくて、どこでもナデナデしていいですよ。あーんなところでも、こーんなところでも」
「余が一度でも撫でたいと言ったか?」
「……乙女のプライドが傷付くので、嘘でも撫でたいって言ってくれませんか?」
「余が、あーんなところやこーんなところを撫でたがっていると思われるのは、余のプライドが傷付く」
シリウス様のプライドが傷付くなら仕方ない……って、そのプライド何!?
「そんなプライドは捨てちゃってください!」
「断る」
こうもはっきり断られてしまっては、諦めるしかない。
私はまたシリウス様の手で、自分の頭をひたすらに撫でた。