「ねえ、シリウス様」
「愛玩動物ごっこならお断りだ」
脚の上から退かされた私は、シリウス様の横に座りながら質問をした。
しかし先程のナデナデをまた要求されると思ったシリウス様は冷たい反応だ。
「違います。そうじゃなくて、聞きたいことがあるんです。この城の使用人を、町でも人間化させる魔法道具は無いんですか?」
前から不思議に思っていたことだ。
必要が無いから作っていないのだと思っていたが、今この状況で作らないということは、作ることが出来ないのだろうか。
「無い」
私の質問に、シリウス様は即答で無いと答えた。
「そういった魔法道具は、シリウス様にも作れないということですか?」
「余に作れぬものは無い」
「それなら、作りましょうよ。今すぐに!」
「なぜ急にそんなものを作る必要がある?」
シリウス様は、私がこんなことを聞く理由が分からないと言いたげだった。
きっと天才であるシリウス様は何でも一人で出来てしまうからこそ、私の考えに思い至らないのだろう。
「シャーロットを糾弾する際に、使用人たちにもイザベラお姉様の護衛をしてもらったらいいと思うんです」
「その手があったか」
シリウス様は目を見開いて驚いていた。
本当にこの案をこれまで考えすらしなかったのだろう。
「特に狼の使用人は、みなさん人間になった際の体格が良いので、護衛にピッタリだと思うんです」
「ふむ。狼のままでは町にいられないが、人間の姿であれば町にいても問題ないだろう」
「それに逃げることになった場合も、狼の使用人がいれば、狼車が使えます」
「確かに。むしろ狼の使用人を使わない手は無いような気がしてきた」
言い出したこちらがビックリするくらいに、とんとん拍子に話が進んでいく。
「そうと決まれば、術式を組み上げる必要があるな」
「魔法でちょちょいと出来ないんですか?」
「そなたは魔法を知らなすぎる。自身が使えないから学ばなかったのだろうが、一度きちんと勉強すると良い」
話はとんとん拍子に進んだが、魔法はそういうわけにもいかないらしい。
しかし、私の頭の上にはハテナマークが浮かんでしまう。
「シリウス様が魔法を使うのを何回も見てますけど、杖を振っているだけに見えましたよ」
そうなのだ。
シリウス様は魔法を使う際、特に詠唱も行なわずに軽く杖を振るだけなのだ。
「簡単な魔法や使い慣れている魔法は、そうだな」
「咄嗟にベッドを作るのが、使い慣れている魔法?」
前にシリウス様と森で追いかけっこをしたとき、木から落ちる私の下に、シリウス様はベッドを出現させた。
そんな魔法は、一生のうち一度か二度しか使わない気がする。
もしかすると旅人ならもっと使うのかもしれないが、シリウス様は城に引きこもっている。
「ずいぶんと昔のことを覚えているのだな。あれは鎌の形を変えただけだ。変形魔法さえ覚えていれば、形の応用はいくらでも利く」
そういえば、あのベッドはシリウス様の持っていた死神の鎌で作られていた。
……あのときは、飛んできた鎌で狩られるのだと思って怖かった。
「使用人を人間の姿にするのは、変形魔法とは違うんですか?」
「全く違う。余はその魔法が使える者を、余の他には知らない」
「へえ。難しい魔法なんですね」
考えてみると、当然かもしれない。
動物は鉄や鋼とは違い、無理やり形を変えると死んでしまう可能性が高い。
その証拠に、髪色や目の色を変える魔法はよく聞くが、形そのものを変える魔法は聞いたことがない。
「さらにその魔法の効果を魔法道具に込めるとなると、難易度が数段上がる」
「直接魔法を掛けるんじゃなくて、魔法道具に魔法を込めるんですか?」
「いざというときに個人の判断で元の姿に戻れた方が良いだろう」
なるほど。
元の姿になる際にシリウス様が魔法を掛けるとなると、各使用人の状況をシリウス様が把握する必要が出てきてしまう。
そうなると、いざというときの対応が遅れる可能性が高い。
「確かに当日シリウス様が全員の状況を把握して魔法を掛けたり解いたりするよりも、魔法道具でオンオフ出来る方が便利ですね」
「その魔法道具の作り方はまだ不明だが」
「シリウス様でも作れない可能性があるということですか?」
私が何の気なしに尋ねると、シリウス様は機嫌を損ねたようだった。
「余に不可能は無い」
「でも今、魔法道具の作り方は不明だって……」
「今はまだ不明だが、完成するまで作り続ければいいだけだ。ゆえに余は必ず作ることが出来る」
「今回は期限がありますけどね」
私がそう言うと、シリウス様はさらにムッとしたようだった。
この場を無言で立ち去ると、倉庫にこもってしまった。
きっと魔法道具の作成を始めたのだろう。
「……これは、すぐに完成しますね」
私は確信した。