今日も窓の外は大雨だった。
勢いを弱めることもなく、もう五日も降り続いている。
「さすがに雨、降りすぎじゃないですか?」
「始まったのかもしれないな」
「『魂の調整』ですね」
異常な勢いのまま降り続ける雨は、『魂の調整』としか思えなかった。
少しも弱まることなく強い雨が五日間も降り続けるなんてことは、この土地では起こったことがなかったからだ。
資料が残っていないほど昔のことまでは分からないが、少なくとも数百年は起こっていない。
「『魂の調節』って意外と地味なんですね。もっと巨大隕石が降ってくるとか、すごいものが来るのかと思っていましたが」
「大雨は地味ではあるが、被害は甚大だ」
「……そうですね。大雨での死傷者はもちろん、二次災害での犠牲者も多そうですよね」
「この雨では農作物にも被害が出るだろうな。飢饉にならなければいいが」
多少雨が降り続いた程度ならリカバリーも出来るかもしれないが、この勢いの雨ではそれも難しいだろう。
畑は今頃、まるっと湖になっているはずだ。
「シリウス様の魔法で雨を止められないんですか?」
「そんなことをしたら、より強固な『魂の調整』が起こるだろう」
そうだった。
この大雨は、命を奪うために降っているのだ。
大雨を途中でやめさせても、別の方法に切り替えてくるだけだろう。
それこそ次は隕石が降ってくる可能性だってある。
「そうですよね……『魂の調整』のために大雨を降らせているんですもんね……」
「今この雨を止めることは出来ないが、二度とこのようなことが起こらないよう、シャーロットを止めねばならない」
シリウス様は、落ち込む私を慰めようとしているのか、肩を軽く叩いてからそう言った。
「シャーロットを止めたとして……シャーロットに罰は下らないんですよね」
この大雨を見るに、死傷者は一人や二人ではないはずだ。
本来ならこの大雨は降らず、彼らは死ぬ予定ではなかったはずなのに。
シャーロットによって生贄に選ばれたようなものだ。
それなのに、元凶であるシャーロットにはこれといった罰が下らない。
「偽物の聖女だと判明することが、シャーロットへの罰だろうな」
「やったことに対して、あまりにも罰が軽いです」
どう考えても釣り合っていない。
「そうは言うが、シャーロットが直接人を殺したわけではないからな」
「だとしても、結果的に多数の人が命を落としています。せめて、もっと……」
私が憤慨していると、シリウス様がぽつりと言った。
「なら、そなたが納得するためにシャーロットを痛めつけるか?」
この言葉にハッとして顔を上げると、シリウス様は感情が消えたような顔をしていた。
「シャーロットの身体中を刺せば満足か? 毒を飲ませて苦しませれば満足か?」
「それは……」
「そなたの満足は、状況を好転させるのか?」
「いえ……」
私の、シャーロットに罰を下してほしいという要求は、結局のところ私の自己満足でしかないのだろう。
「余も思うところが無いわけではない。そなたと同じことを思っていた時期もあった」
悔しさで歯を食いしばる私の頭に、そっとシリウス様の手が置かれた。
普段ならシリウス様に撫でられたと喜ぶところだが、今の私には、シリウス様に諦めろと言われているようにしか感じられなかった。
「シャーロットには改心して正しく働いてもらわなくてはならない。痛めつけることで生まれた憎しみで、彼女に報復をされては困る。シャーロットに対する罰については、折り合いをつけるしかない」
報復を目論んだシャーロットが大勢の人間を生き返らせれば、また『魂の調整』が起こる。
それどころか、人間以外を生き返らせても同じような効果が得られる。
つまり、シャーロットが報復を行なうのは簡単なのだ。
「悪が滅ぼされるわけではないのが、大人の世界だ」
「……嫌な世界です。それなら私は、まだ子どものままでいいです」
「そうか。それもまあ、いいだろう」
私はいつか、この不平等な世界を受け入れることが出来るのだろうか。
シリウス様が傷つき続け、シャーロットが笑い続ける世界を受け入れるのが大人になるということなら、まだと言わず私はずっと子どものままでいい。
「私に出来ることは、せめてシリウス様がこれ以上傷つかないようにすることだけ……」
「子どもが大人の心配をする必要はない。そなたは時が来るまで遊んでいるといい」
シリウス様は、私の子ども発言を逆手にとって、この話を終わらせた。
ああ。
この世界が、優しい人の報われる世界になればいいのに。