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第82話 クレアちゃん人形


 この日、私は、シリウス様がドレスを作る際に出した端切れを使って、頭に綿を詰めて縛るだけの簡単な人形を作り、窓の近くに吊るすことにした。


 ホールにある大きな窓の横に二脚の椅子を持って行き、一脚には作った人形を山盛りに乗せ、もう一脚を踏み台代わりにして、窓に人形を吊るしていく。


「先程から何をしている」


「え? てるてる坊主を吊るしてます」


 声をかけられ振り返ると、私がてるてる坊主を吊るすところをシリウス様が不思議そうに眺めていた。


「なんだそれは」


「雨乞いの逆、ですかね。早く晴れるように、早く『魂の調整』が終わるように、祈りを込めて作ったんです」


 シリウス様は窓に近付くと、てるてる坊主の頭を鷲掴みにした。


「……? 魔力は込められていないようだが」


「そりゃあ私には魔力がありませんから」


 私の答えを聞いたシリウス様は、眉間にしわを寄せた。


「では、意味がないのではないか?」


「お祈りですよ、お祈り。効果があるかは分かりませんが、ただ祈っているんです」


 シリウス様は私を見た後にてるてる坊主に目をやり、もう一度私のことを見た。

 きっと魔法の掛かっていない人形で雨を晴らそうとする行為に、意味を感じられないのだろう。


「こんなもので雨が止むとは思えんが……」


「大抵、祈りとはそういうものだと思いますよ。効果に直結するとは思えない方法で、それでも祈る」


「祈っている時間を使って、原因究明と打開策を考案した方が建設的だと思うぞ」


 シリウス様が正論を言ってきた。

 しかしシリウス様の意見は正論かもしれないが、誰にでも実現できることではない。


「誰もがシリウス様みたいに天才なわけではないんです。無限の時間があるわけでもありません。だから、祈るんです」


 自分の力では解決できない問題だからこそ、祈る。

 天に願って、望みが叶うことを祈る。

 建設的だとかそうじゃないとか、そういう浪漫の無い話はご法度だ。


「ではそっちの人形は何だ? 一つだけ小さい上に、他よりも丁寧に作られているようだが」


 シリウス様は、椅子の上に乗せられたてるてる坊主の山の中に紛れていた、小さな人形を指差した。


「これですか!? さすがはシリウス様、お目が高い! そうですよね、気になっちゃいますよね!?」


「そこまでではない」


 よくぞ聞いてくれたとばかりに私が前のめりになりつつ話に乗ると、途端にシリウス様は一歩後ずさった。


「またまた。本当は知りたいくせに。じゃあ特別に、シリウス様にだけ教えちゃいますね!」


「頼んでいないが?」


 私は椅子からぴょんと飛び降りると、小さな人形を手に持ってシリウス様に近付いた。


「これは、『クレアちゃん人形』です。シリウス様にプレゼントするために、愛を込めて作りました」


「そうか」


 私がクレアちゃん人形の手を振ってみせても、シリウス様は顔色一つ変えずにそう言うだけだった。


「反応が薄いですよ!?」


「そなたが必要以上にグイグイくるから、つい」


 私はクレアちゃん人形の頭を下げ、自分の頭も下げて、落ち込んだ様子を二重に表現した。


 シリウス様の薄い反応はさておき、このクレアちゃん人形は我ながらよく出来ていると思う。

 裁縫技術の問題もあって、人形の顔はデフォルメした簡単なものだが、ちゃんと手も足も付いている。

 服は、私の持っているドレスと同じ布の端切れを使って作った。偶然にも今日着ているドレスと同じ服だ。


「可愛いでしょう?」


「可愛くない……ことも、ない」


「んもう。素直じゃないんですから」


 言葉は素直ではないが、シリウス様もクレアちゃん人形を可愛いと思ってくれたらしい。

 頑張って作って良かった。


「しかーし、このクレアちゃん人形は、ただ可愛いだけじゃないんです!」


 私はシリウス様の手の上に、クレアちゃん人形を置いた。

 咄嗟のことで手を引っ込め損ねたシリウス様は、自分の手の上にたたずむクレアちゃん人形を見つめている。


「クレアちゃん人形は、シリウス様が怪我をしそうになったとき、代わりに怪我を被ってくれるんです。すごいお守りなんです。私がそう決めました」


「はあ」


「全力で祈りを込めておいたので、きっと効きますよ」


 シリウス様はクレアちゃん人形を訝しげに様々な角度から眺めた。


「あっ、駄目です! パンツは履かせてないので、下からは見ないでください!」


 クレアちゃん人形を逆さにしようとするシリウス様を慌てて止めた。

 見えないから作る必要はないと思ったのだが、パンツも作っておくべきだった。


「人形がパンツを履いていようがいまいが、どっちでもいいと思うぞ」


「これはただの人形じゃなくて、クレアちゃん人形なんです。パンツを履いていないところを見られたら、私はもうお嫁に行けなくなっちゃ……ん? そうしたら責任を取るという名目でシリウス様が嫁に貰ってくれるのでは?」


 私の言葉を聞いたシリウス様は、急いでクレアちゃん人形をまっすぐに持った。


「冗談ですよ、冗談」


「そなたはどこまでが冗談でどこまでが本気なのか分かりにくい」


「シリウス様ほどではないと思いますけど……」


 私の言葉にシリウス様はきょとんとしていた。


 ああそうか。

 シリウス様は、本気か冗談か分かりにくいのではなく、冗談のようなことを本気で言う人だった。


「とにかく。クレアちゃん人形を、いつも懐に入れておいてくださいね。シリウス様のことを守ってくれますから。もし一人でいるときに寂しくなったら、クレアちゃん人形に話しかけてくれてもいいんですよ。クレアちゃん好き好き大好き愛してるーって」


「……お守りとは、そういうものだっただろうか」


「と、冗談はさておき」


「今のも冗談だったのか」


 半分本気。

 クレアちゃん人形に話しかけるシリウス様、ものすごく見たい。

 どうにかして、クレアちゃん人形に話しかけてくれないだろうか。


「……で、ここからが真面目な話ですが。シリウス様が怪我をするような目に遭ったら、クレアちゃん人形が代わりに怪我を請け負います。だから……怪我をしないように、自分を大切にしてくださいね」


 この前、シリウス様が自分の心臓を貫いた件ではっきりした。

 シリウス様は自分を大切にすることが苦手だ。

 過去の話を聞いたときから薄々感じてはいたが、あそこまで自分を大切に出来ないとなると、口で言ったところで改善するとは思えない。


 そこで賢い私は考えた。

 シリウス様が傷付くと、私が身代わりになってしまうから、傷付いてはいけない。

 こうしたら、シリウス様でも自分を大切にしてくれるのではないだろうか、と。


 私を傷付けないようにすることで、連鎖的にシリウス様自身をも大切にさせる作戦だ。

 こうして徐々に自分を大切にする癖を付けてもらって、そのうちにクレアちゃん人形無しでも自分を大切に出来るようになってもらうことが最終目標だ。


「この人形が身代わりになると言っても、これにも魔力が込められていないが」


「私には魔力がありませんから。でも全力で祈りを込めたので、きっと身代わりになってくれますよ。だから怪我に注意して、クレアちゃん人形が元気な状態を保てるようにしてくださいね」


「……善処しよう」


 シリウス様はそう言うと、クレアちゃん人形を懐にしまった。




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