てるてる坊主の効果も無く、雨は激しい勢いのまま降り続いている。
城の外の畑も、もう駄目になってしまっただろう。
「すごいことになっちゃいましたね」
「町はもっと酷い。どこへ行くにも水に浸かりながら移動する始末だ」
「こんな状態でも、城はまだマシな方なんですね……」
「ああ。とはいえしばらくは外に出ないように。地盤が弛んでいる可能性がある」
私は窓の外に視線を移した。
この大雨で狼の使用人たちは狩りが出来ず、体力温存のために日中は寝ていることが多い。
私も彼らを見習って、お腹が空かないように寝ていた方が良いのだろうか。
この数日、私のやったことと言えば、パンとてるてる坊主とクレアちゃん人形を作ったくらいだ。
あとは、ずっと待機。
「……イザベラお姉様は、そろそろ決心がついたでしょうか」
「どうだろうな。少なくとも、まだ返事をしに店へ向かう様子は無い」
「大雨の対処に追われているのかもしれませんね」
「かもな」
まだ私の待機期間は続きそうだ。
待つことはもどかしいが、結果が伴うのであれば我慢できる。
でも……この待機は、結果が良いものかどうか分からない。
「待機ばかりの日々は、嵐の前の静けさ、でしょうか」
「今まさに嵐のような天気だぞ。今日は雨だけでなく風も強い」
「今のはただの比喩表現です」
「…………冗談に決まっているだろう」
今、変な間があった気がするが、本当に冗談で言ったのだろうか。
……まあ、どちらでもいいか。
それよりも。
「ねえ、シリウス様。もしイザベラお姉様が作戦への参加を断ったら、どうするつもりですか?」
「魂の調整が始まってしまった以上、余だけでもシャーロットを糾弾するしかあるまい」
「でもそれは一度、失敗しているんですよね?」
過去にシャーロットの糾弾に失敗した結果、シリウス様は町を出歩けなくなってしまった。
そして当のシャーロットは無傷のまま、やりたい放題を続けている。
「一度失敗したからと言って、様子見をしているわけにもいかない。もう『魂の調整』が始まってしまったのだから」
「そう、ですよね……」
私は前から密かに考えていた案を、この機会に提案してみることにした。
「例えばですが、私を聖女ということにするのはどうでしょうか。聖女を見分ける原石は魔法で光らせるなどの細工をして……」
「聖女を騙るのか。シャーロットと同じように」
提案した案は、一刀両断にされてしまった。
シリウス様の呆れたような口調と視線を見るに、首を縦に振る気はないのだろう。
だが、私もここで引き下がるつもりはない。
シリウス様が傷付く姿なんて、見たくないから。
「シャーロットとは違い、私は『魂の調整』を止めてみんなを救うために」
「大義名分があれば、民衆を騙しても良いと?」
いかにも人間の考えそうな自己の正当化だ、正義の名のもとに行なう詐欺行為だ、と言いたいのだろう。
……その通りだ。
だって私は、人間だから。
「シリウス様は清廉潔白すぎます。世の中は綺麗ごとだけで回ってはいません」
「理想を語るからには、語り手自身が綺麗でなければ説得力がない」
「本当に綺麗な人なんて数えるほどしかいませんよ。綺麗な人はこの汚い世界で生きていく上で淘汰されますから。シリウス様が悪者として森に追いやられたのが良い例です」
「そうかもしれんな」
シリウス様は、綺麗なままでいたら損ばかりすると分かっているのに、それでも綺麗なままでいようとしている。
あまりにも不器用で、頭が固くて、もどかしい。
「私には、とても出来ない生き方です。その生き方は、ほんの少数の恵まれた人からしか賛同は得られませんよ」
「余は、余の生き方を変えるつもりはないが、誰かに強要するつもりもない。そなたの生き方も否定するつもりはない。ただ、余は民衆を騙すやり方には加担できないというだけだ」
――――その結果、多数の人間が死ぬとしても?
私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
シリウス様が『魂の調整』を引き起こしているわけではない。
その逆だ。
シリウス様は人間を救おうとしている。
そのシリウス様に向かって、間違ってもそんなことを言ってはいけない。
「………………」
言うべき言葉を見失った私の肩に、シリウス様の手が置かれた。
「余の生き方は、清廉潔白と言えば聞こえは良いが、要は世界に順応出来ていない生き方だ。死ぬ心配がなく切羽詰まっていないからこそ出来る生き方だ。自分でもそれは分かっている」
例えば、食べ物が無く店でリンゴを盗んだ子どもがいたとして、もしその子どもが大金持ちの家で生まれて空腹を知らなかった場合、同じことをするだろうか。
もちろん盗みを肯定することは出来ないが、その子は生きるために清廉潔白ではいられなかったのだ。
その子どもを、食事を摂らなくても死ぬ心配の無いシリウス様と同等に考えるのは酷というものだ。
とはいえシリウス様の過去を聞く限り、あんな目に遭っても綺麗なままでいようと努力するシリウス様は、元々が善性すぎる気もする。
例え話の子どもと同じ目に遭っても、シリウス様なら綺麗なまま餓死を選びそうだ。
「……綺麗なまま死んでいっても、誰も喜んでなんかくれませんよ」
「何の話だ」
「泥臭くても生きている方が良いに決まってます」
「だから何の話だ」
「私はシリウス様みたいに綺麗には生きられません。残念ながら。きっと汚く生きるのが私にはお似合いなんだと思います」
思えば私の人生は、城に来るまでずっと泥臭かった。
地べたを這うように、それでも負けるもんかと、歯を食いしばりながら生きてきた。
「いいと思うぞ」
自分の人生を振り返って落ち込んでいる私に、シリウス様の声が降ってきた。
「汚く生きるのが、ですか?」
「人間らしく、醜く美しい。余には真似の出来ない魅力的な生き方だ」
「……それ、褒めてるんですか?」
美しい、魅力的、という単語が入っているのに、全く褒められている気がしない。
「人は自分に不可能なことを成し遂げる相手に魅力を感じる。相対する者に惹かれる」
「私に惹かれるってことですか?」
「そなたの生き様に、な」