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第84話 四年越しの言葉


「へっ、はっ、えっ!?」


 いつもはシリウス様にガンガン行こうぜでアタックしまくる私だが、シリウス様から来られると困惑してしまう。

 どうせシリウス様自身にその自覚はないのだろうが。

 だが、でも、しかし……。


「突然どうした。喉に何か詰まったか?」


「いえ喉には何も……それより、私の生き様に惹かれるって、えっと、その、シリウス様は私のことが好きということですか? なんちゃって、あはは」


「その通りだが?」


「ですよねー…………えっ!?」


 当然否定されると思っていた質問を肯定され、軽くパニックを起こしてしまう。


 実はシリウス様は私のことが好きだった?

 一体いつから?

 いつの間にか私たち、両想いだった!?


 混乱する頭で考えようとするものの、気の早い脳内では協会の鐘の音が鳴り響いていて、上手く考えがまとまらない。


 そういえば私の着ているドレスはすべてシリウス様のお手製だ。

 それって、好きな女性に好みの服を着てほしいという意味だった!?


 ハッ!?

 私、シリウス様の瞳と同じ色の宝石の付いたアクセサリーをもらったこともある。

 毎日シリウス様の作った料理を食べている。

 そもそも同じ城で暮らしている。


 これで愛していないというのは、無理があるのでは!?


 ……とここまで考えたところで、悲しいかな、冷静な私が出てきてしまった。


「いやいやいや、いつもあれだけ私のアタックをスルーしてるのに!? あれで両想いだなんて、さすがに信じられないですよ!?」


「それはそなたが性的な接触を試みるからであろう」


「好きな相手のことは、触りたい、抱き締めたい、キスしたい、って思うものじゃないんですか!?」


「……そなたは、リアともそんなことをしているのか?」


 …………あれ。

 さてはこれ、違うな?


「今の、そういう『好き』の話でした……? そうですよね。早とちりしました」


 こんなことだろうと思った!




 ベタな勘違いによる羞恥心が襲ってきたため、私はわざとらしい程の咳払いをして、話を切り替えることにした。


「話を戻しましょう。大事な話の途中でしたよね」


「何の話だっただろうか」


「『魂の調整』の話です。すみません、騒いで話を中断させてしまって」


 私の勘違いによって話が横道に逸れてしまったが、私たちは真面目な話をしていたのだ。


「この大雨のせいで多くの死が発生したら、『魂の調整』は完了するんじゃありませんか?」


 連日続く大雨だ。

 町では多くの死者が出ていることだろう。

 そしてこれからも大雨の余波による死者は出続けるだろう。


「『魂の調整』が完了したら、しばらくは冥界に魂が集まって……」


 私の意見に、シリウス様は静かに首を横に振った。


「いくら人が死のうとも、シャーロットの地位は揺るがない。むしろ大切な人を失くした者たちは、シャーロットに死者の蘇生を懇願する。“生を司る能力”の使用を懇願する。そうなれば承認欲求の暴走しているシャーロットがどうするかは……説明するまでもないだろう」


 これまでのシャーロットの話から考えて、求められるままに死者を蘇生し、民衆から崇められることを善しとするはずだ。


「冥界にいる多くの魂が地上に呼び戻される未来しか見えませんね」


「ああ。そうなったら、地球は大雨以外の方法で、また『魂の調整』を行なうだろう。それこそ次は隕石を降らせるかもしれない」


「だから、勝率が低くとも、一度失敗した方法であろうとも、シャーロットを糾弾しなくてはいけないんですね」


 私が確認をすると、シリウス様は目を細めて柔らかい表情をした。


「作戦が失敗した場合、そなたは作戦とは無関係として、町に留まると良い。余との関与が発覚してしまうと、そなたは町で暮らす機会を永遠に失ってしまうから」


「…………私、この城が好きです」


 実母の元よりも、侯爵家よりも、この城が好き。


「シリウス様や城のみんなと過ごす時間が好きです」


 この城で暮らした日々は、私にとってかけがえのない宝物だ。


「私は、ずっと、この城にいたいです」


 私が心からの言葉を漏らすと、シリウス様は満足げに笑っていた。


「まさか四年経った今、そのセリフが聞けるとはな」


「四年? どういうことですか?」


 言葉の意味が分からず首を傾げると、シリウス様は私の瞳を見つめていた。


「余は、そなたに自分の希望を伝えてもらえて嬉しい。余が、この城のみんなが、希望を叶えてくれるだろう存在だとそなたに認識してもらえて嬉しい」


「えっと……?」


 今の発言が私の疑問に対する答えなのだろうが、ますます意味が分からない。


「であれば、そなたと余らは、いい関係を築けたのだろう……しかしここには、そなたの他に人間がいない」


 人間がいないから町で暮らすべきだと、シリウス様はまだそんなことを考えているらしい。

 頭が固いにもほどがある。


「一緒に暮らす相手が人間かどうかなんて小さなことは、どうでもいいんです」


「小さなことではないだろう?」


「小さなことです」


 だって。


「ここには友人がいます。兄弟のような者も、姉妹のような者もいます。好きな相手だっています。私の人生は、この城とともにあるんです。この城が始まりで、そして永遠です」


 みんなが人間かどうかなんてどうでもいい。

 種族が何であろうとも、みんなは私の家族だ。

 誰が何と言おうとも、これだけは譲れない。


「私はこの城にいたいです」


 もう一度告げると、シリウス様は嬉しそうでもあり、困惑しているようでもあった。

 私が町で人間と触れ合えなくなることが、どうしても気がかりのようだ。


「もし私のことを町に放り出したら、自力で森まで戻りますので。道が分からなくても、獣に襲われても、這ってでも辿り着きますから」


 幻惑魔法なんて、そんなものは関係ない。

 いくら迷っても挑戦し続ければ、城に辿り着く可能性はゼロではない。


「私が血だらけになるのが嫌なら、城から放り出さないことです」


 シリウス様は複雑そうな表情で私を見ていた。


「それは脅しか?」


「ええ、脅しです」


「……困ったことに、実に効果的な脅しだな」


 願わくば、このやりとりが、ただの杞憂になりますように。




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