『え?もう一度言ってください。』
サエキの元にやってきた上司からの命令にサエキは立ち上がる。
『だから、そこへ行きカウンセリングをしてくるように。』
上司は当たり前のように書類をサエキに突きつける。
『ま、待ってください。今、私の部署はクレ・・・緊急ダイアルであって。』
『ああ、そうだ。サエキ、君はカウンセラーだったろう?適格者を送る必要があるということだ。』
『しかし。』
上司は書類をサエキのデスクに置くと小声で言った。
『あちらからの指名だ。いいな?必ず命令には従うように。』
書類には極秘の印が押されている。
サエキは周りを見渡すと椅子に座った。この部署では各々がヘッドセットをつけているため人の会話を盗み聞きする者などいない。
小さな溜息をつき書類に目を通してから荷物を纏める。カウンセラー用のスーツに着替えて会社を出た。
スーツの胸にはネームプレートが付けられており、これがあることで何処へでも入れる。いわば特権というものだ。
サエキは指定の病院へ入る。大きな個室の部屋に案内されると中へ入った。
寝台にはまばゆいほどの光を持つ人がいた。シンフォニックだ。
『サエキです。ご指名どおりに伺いました。』
シンフォニックは嬉しそうに微笑むとサエキに手を差し伸べる。まだ言葉が喋れないのかにこにこと両手を差し出している。
サエキは仕方なくシンフォニックの手を握った。
『遅れて申し訳ありません。今違う仕事についていて。』
サエキがシンフォニックの目を見た時、説明のさなかに両手を引かれてベットに押し倒された。病室のライトがシンフォニックの髪を金色に光らせている。
『あの・・・。』
シンフォニックは当たり前のようにサエキにキスをして体に指を這わせた。
『シンフォニック!やめなさい!』
どんっと両手でシンフォニックを押し返すと、心底困った顔をしてこちらを見ている。サエキはベットから降りると服を調えた。
『何を?』
シンフォニックの唇が動く。
『君が好きだ。』
シンフォニックの担当医師との話し合い。サエキは腕組すると医師が書いていたホワイトボードに視線を移した。
『では、シンフォニックは記憶はない。しかし私のことは覚えていると?』
『そうです。』
医師はホワイトボードに無数の数字と計算式を書く。サエキは難しい顔をしながら目を閉じた。
『いや、わかりません。ちょっと待って。』
『何がです?』
『だから。私は一度もシンフォニックには会ったことがありません。』
『ああ、そこですか。』
医師はホワイトボードにまた何か書くと顔を上げた。
『それなんですが、シンフォニックの脳にはチップが埋め込まれています。それが記憶をつかさどる部分で、多分受信している?のではないかと。』
『受信?』
『どうしてそんなことになっているのかはわかりません。ただシンフォニックの体には無数の傷痕、縫合跡もあって。何か実験を・・・されていたのかも知れません。』
『モデルのシンフォニックが?』
『ええ、そうです。傷痕から見るに丁度0Aタイプが出た頃ではないかと思うんですよ。0Aは現存で数えるほどしかいませんよね?もしかしたら記憶を共有しているのでは?・・・なんて。』
医師は腕組すると我ながらいい考えだと頷いた。
『シンフォニックに伺いを立てたら、貴方を呼ぶなら協力してもいいと。』
『はあ?何ですか、それは。』
サエキは頭痛がして片手で押さえた。
『聞いたことのないカウンセラーでした。サエキさんはそんなに活躍されていなかったから、探すのに少し手間取りましたが居てよかった。』
この後医師は長々と話し、サエキは殆ど耳から流れ落ちてしまった。
『どうしたの?』
バスタブに浸かるサエキの頭をエージェントが撫でる。長湯していたのか心配して入ってきたらしい。
『大丈夫。ありがとう。』
『それならいいけど・・・よければベットまで運ぼうか?』
『ううん、大丈夫。』
サエキはエージェントからタオルを貰うと体を拭いた。
ベットルームには柔らかな明かりがぽつぽつと灯り、いつでも眠れるようにと少し暗くしてある。
ベットに寝転がりエージェントの顔を覗きこむと彼は目を閉じて言った。
『時々夢を見る。サエキが困った顔をしている夢。』
『アンドロイドも夢を見るの?』
『わからない。でも・・・鮮明だ。ねえ、新しい仕事はどう?大変?』
サエキはエージェントにはシンフォニックのカウンセリングのことは話していない。
『うん、そうだな。なんとか・・・。』
『よくないの?部長に聞いたら緊急ダイアルよりは良いとか言っていたけど。』
叫び声とわけのわからない状況に比べたらいいのか?天秤にかけられずにサエキは笑う。
『・・・うん、どうかな。でも。』
『なに?』
『エージェント、君が送ってくれるメッセージのおかげで私は頑張れそうだよ。』
サエキが笑うとエージェントは恥ずかしそうにはにかんだ。
『それくらいなら・・・いつでもする。良かった・・・僕は役に立ててるね。』
『うん。勿論。ねえ・・・。』
体を少しエージェントに寄せてサエキが鼻をかすらせる。エージェントは優しく唇に触れると甘いチョコレートの味がした。
シンフォニックはいつも大胆だ。初対面のサエキにこれでもかと言うほど愛を伝えてくる。似ているとされるエージェントの顔がちらつきはしないが、時々見せる瞳の揺らめきがエージェントを思い起こさせた。
カウンセリングになりもしない。
サエキは病室の窓辺で椅子に座り煙草を吸う。やっと声が出るようになったシンフォニックは愛しそうにサエキを見つめた。
『サエキさん、煙草はあまりよくありませんよ?』
サエキはギョッとしてシンフォニックを見る。
偶然?それとも何?
『シンフォニック・・・あなた、何者?』
シンフォニックはベットに座ると体を揺らした。
『君が愛する者の一部。自分が残せるものは少ないことを知っていたから、こうして子供を作った。君は知ってるでしょ?』
『・・・0A。』
『そう、博士がね。博士はもう死んだけど、自分が出来ることを沢山教えてくれてね、あの惑星の中で実験を行った。子供を残したいけど、精子では駄目だった。卵すらも使えなくて、だから機械に頼ったんだ。人に近い形の。』
『アンドロイド・・・。』
『うん、正確にはアンドロイドなのかな?あれは人に近い。感情もあるし、少しの改良を加えれば子供だって為せる。君は知っていた?』
シンフォニックの言葉にサエキは顔を赤くして俯いた。確かに行為そのものは人と同じだ。
『フフ、ほら、あの担当医師はさ・・・シンフォニック自体に興味を持っているからいいけど、子供に目を向けたらどうなるのかなあ。』
サエキの背中がぞわりとした。
『シンフォニック・・・その事を・・・あの医師に?』
『言わないよ。』
シンフォニックは子供のようにキラキラと笑顔を輝かせる。
サエキは指先で燃える煙草を握るとジュッと皮膚が焼ける匂いがした。