「誰かが……この奥にいる……俺を呼んでいる」
ザグロは転がるスケルトンの遺骸の上を歩き、声がする奥へと進もうと決心する。
乾いた骨の砕ける音が足元に散らばり、冷たい土の匂いが鼻を刺す。
灯りも届かぬ闇の奥に待ち受けるのは――。
「待っていたぞ……お前とはもう一度戦いたかった」
「呼んだのは……お前でいいのか?」
「ああ、お前を呼んだのは俺――否、俺達と言った方が正しいか」
ザグロの前に立つそれは、偽りの生命の鎧――<リビングアーマー>。
その武具は魔族の戦士達が身につけていた武装である。
だが、その姿は統一感を欠き、あべこべの寄せ集めであった。
――赤滅の双剣。
両手に握られた赤黒い二振りの刃。それぞれが敵の血を吸い、己の力に変える。
――髑髏王の兜。
人骨を削り出し、亡者の囁きが絶えぬ頭蓋。空洞の眼窩が深い闇を湛える。
――
血に塗れ、絶えず脈打つように赤黒く光る。ひび割れの奥に呪詛の残響が潜む。
この異様な装備は、<赤黒き地獄騎士の装束>と呼ばれるもの。
魔族の間で語り継がれる伝説の戦士――<ガルザ>に倣って施された、魔剣士達の正装である。
「俺達? ここにいるのは、お前一人じゃないのか」
「ここにいるのは確かに『俺一人』だ。だが同時に『俺達』でもある」
ザグロは
それは恐怖か、それとも――戦士の血が目覚める昂ぶりか。
(ここで証明しろ。お前はただの傀儡か、それとも……)
奥から聞こえる、甲冑がきしむ音。
重い鉄靴の足音が一歩、また一歩と洞窟を揺らしながら近づいてくる。
甲冑の奥、空洞の眼窩に青白い光が灯った瞬間――。
リビングアーマーはぎしり、と首をかしげ、ゆっくりと両腕を広げた。
「ルベルドから話は聞いている。禁術を用いて尽きかけた命が蘇ったらしいな」
リビングアーマーが双剣を掲げ、赤黒い刃を大挟みのように交差させる。
それは人間の剣術ではない奇妙かつ変則的な構えであった。
(あの構え――どこかで見覚えがある)
ザグロは眉を寄せた。
剣を握る手に、名もなき記憶の影が重くのしかかる。
霧のように輪郭を失った過去が、脳裏で僅かながら浮き出てきた。
それはどこかの国の暗き砦での場面。
辺りには妖魔や魔獣の遺骸が転び、血の海に沈んでいた。
そして、自分の目の前に同じ武装を固めた戦士が立っていたのだ。
「その命は、俺の部下だったソルグ、サモンズ、ビリガン――いずれも<赤黒き地獄騎士の装束>を許された誇り高き魔剣士達――その血と魂によってお前は現世に繋ぎ止められたと聞いている」
「繋ぎ止めた……だと?」
ザグロが低く問い返すと、リビングアーマーからの声が乾いた笑いを漏らした。
その笑いには冷たい皮肉と、微かな哀れみの響きが混じっていた。
「記憶にないのも無理はない。お前はリゼルダに弄ばれる人形でしかないのだからな」
雷光が、甲冑の継ぎ目からぱちぱちと弾ける。
リビングアーマーの低い声は洞窟中に響き渡り、やがて静かに続いた。
「ソルグ、サモンズ、ビリガン――彼奴らは俺の忠実な部下だった。血と剣の戦場を共に駆け抜け、人間の戦士達を屠ってきた強き魔族だが……魔姫リゼルダの前ではその誇りも無力、ただの惑わされる雄にしか過ぎなかったようだ」
ザグロの喉がひゅっと鳴った。
一夜を過ごしたときの美しく、甘く微笑むリゼルダの顔が一瞬浮かぶ。
「末姫リゼルダ……魔王の末席に生まれたあの娘は誰よりも強かで計算高い。言葉一つ、笑み一つで、鋼の心を持つ戦士達を屈服させ、魂すら差し出させる。ソルグ達は戦士としてではない――リゼルダに魅了された獣として、お前を蘇らせるためにその命を喜んで捧げたのだ」
ザグロの手が震える。
ユグラミの刃が微かに震える。
それは武器の脈動か、あるいは――己の胸奥から響く戦いの鼓動か。
「哀れだな、レオフレッド……いや、ザグロと呼ばれるものよ。お前の命はリゼルダの尽きぬ渇望に応じ、誇りを捨てた部下達の犠牲によって成り立っている。答えろ、お前は誰だ? 魔姫の剣として生きるか! それとも、かつて俺と戦いを焦がした宿敵か――!」
リビングアーマーの双剣が洞窟の空気を切り裂いた。
刹那、ザグロの体は剣を構え、無意識のまま足が一歩を刻んでいた。
思い出せない。
だが、剣という戦いの動きは覚えている。
そして、かつて勇者だった者の血が問いかける――お前はこの戦いを生き残れるかと。
(俺は……何者なんだ……)
赤黒い剣閃が吠えるように迫ってくる――!
「聞け、ザグロ! 我が名は<ラドラ>! 魔王ドラスターンの第三十九王子だった写魂の鎧! これより貴様に試練を与える!」