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ep12.魔王の座に集う者達

 土の心臓にて試練を終えたザグロ――。

 その報せは九尾の監視獣グルゼン=イェブの口より、魔王ドラスターンに伝えられた。


「ザグロは試練を攻略致しました」

「ほう、ルベルドが作り出した魂の玩具を――写魂の鎧と化したラドラを討ち果たしたか」

「御意。ザグロの戦いぶりは、かつて勇者と呼ばれた剣の冴えを確かに宿しておりました」


 グルゼン=イェブの九本の尾の一本がゆらりと持ち上がり、

 空中に淡い光の輪を描き出す。

 そこに現れたのは、ザグロとラドラの決着の場面――。

 ザグロが地を強く蹴り、全身を撥ね上げるように跳躍する姿。

 霧青の剣が微かに光を帯び、刀身を包む淡い光輪が震えていた。


「これは……」


 ドラスターンの目が見開いた。

 それは魔族の黒き力による太刀ではない。

 かつて勇者が振るった太刀。

 この魔王を苦しめ、楽しませた聖なる剣の調べ。

 その剣の閃光は洞窟を駆け抜け、写魂の鎧となったラドラを真っ二つに断ち割った。


「小癪な人間が編み出した<聖光の誓いを抱く剣>か……」

「はっ! 我ら魔族では扱えぬ剣でございます」


 聖光の誓いを抱く剣。

 それは聖戦士ウルバンが編み出した、人の内に眠る生命の流れを刃へと転じる剣技である。

 力と混沌に頼る魔族には決して到達できぬ闘技。

 この技は肉体の外からではなく、魂と経絡を通じ、全身を巡る微細な流れ――<光の経路>を通じてのみ発動される。

 内なる祈り、魂の清流、それを刃と一つに束ね、光の経路を制御できる者にしか扱えない。

 古代より魔族の者達は、この技によって幾度も苦い敗北を味わわされてきた。


「あの技を振るうとは……残滓ざんさいか、それとも抗いか」

「記録官として申し上げます。彼は純粋な人形ではなく、二つの道の狭間に立たされています」

「ほほう、二つの道と?」

「はい。一つは魔姫の剣として生きる道。もう一つは……勇者の魂として己を取り戻す道でございます」

「……面白い。ならば、その境界が破れたときに何をもたらすのか――余興として、よく監視しておけ」

「御意ッ!」


 魔王は唇の端をわずかに吊り上げる。


「面白くなってきた」


 娘の愛と執着が生んだ人形が、果たしていかなる結末を迎えるか。

 支配者は、退屈しのぎのような愉しみを見出し始めていた。

 ドラスターンが薄く笑みを浮かべたとき――。

 グルゼン=イェブが尾を一つ掲げ、低く声を響かせた。


「陛下、間もなく第一王子ベンハ様、第二王子ハイゼル様、第三魔姫アシュリナ様が御前に参ります」


 ドラスターンの瞳がわずかに細められる。


「来たか……さて、ベンハ達はどんな顔をするか」


 重々しい扉が軋みを立てて開かれた。


「ベンハ! 参りましたッ!」


 黒曜の間にまず姿を現したのは、黄金の鎧を煌めかせる巨影。

 第一王子、金魔鬼<ベンハ>である。

 金剛の巨躯、燃え立つ気迫、その立つ姿だけでまさに覇王の風格を放つ。

 その背後に控えるのは剣を携えた魔剣士達、一人一人が一騎当千の実力がある。


「御前に参上致しました、父上」


 続いて、銀糸の衣に身を包んだ細身の男が足音もなく歩み出る。

 第二王子、灰銀の君<ハイゼル>。

 その唇の上には整った口ひげ――まるで銀幕の古英雄。

 背後には邪道士達、鎖を引かれた人間の奴隷、そして小さく笑む参謀の影がある。


「父上、呼ばれて参りましたぞ」


 最後に、獣のような気配を引き連れて現れたのは青銅色の長髪を翻す戦姫。

 第三魔姫、獣妃<アシュリナ>。

 魔獣の毛皮で作ったドレスをまとい、裸足の足先が玉座の間の冷たい石を鳴らす。

 その隣には獣人の軍勢が鋭い気を漂わせていた。


「よくぞ、参ったな」


 王座の間に重い沈黙が落ちる。

 ドラスターンは玉座の上から彼らを見下ろし、唇の端を僅かに釣り上げた。


「ザグロの話はしたと思う。お前達はどう見る?」


 老王の問いかけに、微かな空気の裂け目が生まれた。

 真っ先に声を発したのは黄金の鎧の巨躯ベンハ。

 ザグロに魔族の一族としての試練の命題を課した。


「父上、取るに足りませぬ。試練を越えたからといって、末姫の慰み者ごときが王家を騙るなど笑止千万というもの」


 荒々しい声が黒曜の間を震わせる。

 すると、ハイゼルが薄い笑みを浮かべて口を開く。


「兄上が課した試練でございましょう?」


 灰銀の君と呼ばれる第二王子ハイゼル。

 彼は一歩前に進み出ると、ゆるりと自らの髭をなぞった。


「我が眷属たる弟、ルベルドの魔導を使ってまで与えたものでありましょうに」

「ふん、魔族の伝統だから試練を課したまでよ。我らが力の家系だと知らしめるためにもな」

「ならばよいではありませんか。リゼルダの選んだ者ならば、形式にとらわれずとも自然に迎え入れるのが一族の賢明さではありませんか」


 ハイゼルの軽妙な言葉に、アシュリナが皮肉めいた言葉を放った。


「……ふん、奴は牙を剥く匂いがする。家族に迎えられる顔ではない」


 アシュリナの牙を剥くという表現に、ベンハが冷たく皮肉を返した。


「牙を剥く? それは獣王の専売特許ではないか、アシュリナよ」


 獣妃の肩が小さく揺れ、口元に獣じみた笑みが広がった。


「兄上、それはどういう意味ですか?」

「お前の夫である獣王は二代目。父上との覇権争いに敗れた先代獣王の一人息子だ」

「それと何が関係あるのですか」

「さる情報筋でお前の夫は魔獣の軍勢での反乱を企て、魔王になろうとしていると聞く。貴様も同じだろう、アシュリナ。夫の獣王やそこのハイゼルと同じく、この俺――後継者の最有力たる兄を疎んでいるのだろう?」


 ベンハの威圧に、アシュリナは視殺で答える。


「兄だから? お忘れですかな。我ら魔族は力こそ全て、生まれた順番で王が決まるなどありえませぬ」


 ハイゼルの目が細められ、柔らかな声が響いた。


「ふふっ……兄上、アシュリナ、この王座を巡る遊戯。力だけではなく『策略』も必要とお忘れなきように」


 三者の視線が鋭く交わり、空気が張り詰める。

 ベンハの剛毅な眼差しが、力の覇を誇示するように威圧する。

 ハイゼルは笑みを保ったまま、瞳の奥に冷たく計略を光らせる。

 アシュリナの獣じみた瞳が、二人の兄を鋭く射抜いた。

 最有力の後継者たる三人を見据え、ドラスターンは重々しく言い放った。


「力を誇ろうが、策を弄そうが、獣の本能を振るおうが構わぬ。この座を欲するなら、互いを打ち倒し、最も強き者として魁たれ」


 老いた身に宿る魔王の覇気は、なお場を押し潰すほどの力を保っていた。


「さすれば、この魔王の称号を喜んで与えよう」

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