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第4話 カウンターの“備品”になりました

 朝のギルドは、いつもと同じ穏やかさで始まる。

 私――マリエル――は、今日もカウンターの椅子に腰かけ、依頼書を整えたり、昨日の伝票を確認したりしている。

 他の受付嬢たちも慣れた手つきで準備を進め、冒険者たちは朝のコーヒーを片手に気軽な声を交わしている。

 この活気ある雰囲気が、私は大好きだ。


「おはようございます、マリエルさん」


 ユウさんが笑顔で声をかけてくる。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「うん。あ、昨日の地図、すごく分かりやすいって評判だったよ。マリエルさんのおかげ」

「恐縮です」

 心がほんのりあたたかくなる。


 そこへミレーヌさんが元気よく飛び込んでくる。

「おっはよー、マリエルちゃん! 今日も透けてるね~! あ、机の上、ちょっと冷えてる!」

 「すみません、ちょっと夜のうちに仕事していたので……」

「いやいや、むしろ机が冷え冷えで助かる! 書類がしけらないし!」


 そんなやりとりをしていると、カウンターの端に新しい顔――新人受付嬢のナナさんが立っていた。

 彼女は昨日からこのギルドに配属されたばかり。まだ緊張の色が消えない。

 私はできるだけ柔らかい笑顔で声をかけた。


「おはようございます。ナナさんも朝早いですね」


「おはようございます、マリエルさん……」

 ナナさんは私の手元に視線を落とすと、何度もまばたきをした。

「……あの、気のせいかもしれませんけど……マリエルさんって、たまに、手が……透けてません?」


 ミレーヌさんがニヤリと横から割り込む。

「気のせいじゃないよー。うちの“怨霊ちゃん”は、ギルド名物の地縛霊だから!」

「え、地縛霊!? 本当に!? 冗談……ですよね?」


 リナさんが、コーヒーカップを片手に淡々と話に加わる。

「冗談じゃないわよ。マリエルは昔、このギルドで病気で亡くなって、そのままカウンターに地縛してるの。

でも有能すぎるから、ギルドとしてもすごく助かってるのよね」

「いやいや、“助かってる”とか、そんな理由でいいんですか……?」


「いいの。もう、マリエルはギルドの“備品”みたいなものよ」

ミレーヌさんが明るく笑う。


 私は少しだけ苦笑しながら、目の前の書類を整えた。


 ――“備品”。

 そう言われてみれば、確かに私はカウンターから離れられない。

 他の受付嬢たちのように応接室へ案内したり、奥の倉庫まで走ったりすることができない。

 それでも、この場所でみんなの役に立てるのなら、それだけで充分だと思っていた。


「それに、ほら」

 ミレーヌさんが私の手を触ろうとして、すり抜けてしまう。

「あっ、また手が通り抜けた! 今日も絶好調だね」

「……すみません、たまに物理干渉が薄れる日があって」

「いや、幽霊あるあるだよね!」

「普通はないです!」


 その後、冒険者のグレンさんがやってきて、

「怨霊ちゃん、今日も頼むぜ。昨日の依頼もおかげで成功したよ!」

と笑顔で手を振る。

私は自然と笑顔になる。


「ご利用ありがとうございます。今日もお気をつけて」


「……ねえ、みんな、本当に怨霊ちゃんがここにいるの普通なんですか?」

ナナさんが小さくつぶやく。

リナさんは肩をすくめて言った。


「もう何年もいるからね。

最初は怖がってた人もいたけど、今じゃ“マリエルがいないと困る”って冒険者も多いのよ」


「そうそう、地縛霊がギルド運営のカギだなんて、ここくらいじゃない?」

「むしろギルドの神様枠」


「……はあ……(困惑)」


 ナナさんは納得いかない様子でカウンターを眺め、私はその視線を受けて静かにほほえんだ。


 日が高くなり、依頼の受付が一層増えてくる。

 私のカウンターだけ、なぜか常連の冒険者がよく並ぶ。

 新人や旅人の冒険者は最初こそ驚いて隣のカウンターに逃げるけれど、何度かギルドに通ううちに、「あ、これが普通なんだ」と受け入れるようになる。


「そういえば、マリエルちゃんって、ギルドから離れられないの?」

ユウさんが尋ねてきた。

「はい。……地縛霊なので、このカウンターからは離れられません」

「でも、夜遅くまで残業しても平気だし、疲れないし、最強の受付嬢だよね!」

「……お給料は発生しませんけど」

「ブラックじゃん!」

「……死んでるから、働きがい、です」


 みんなで笑い合うその瞬間、

私は「生きていたときより今の方が、もしかしたら幸せかもしれない」と思った。


 けれど――

ふとした拍子に、カウンターの外の世界がすごく遠く感じることもある。

仲間や常連たちが“普通”に受け入れてくれているから、私は孤独を忘れていられる。


 カウンターに取り憑く“備品”――それが、今の私。


 だけど、たまに夢を見る。

 ――もし、生きていたら。もし、カウンターの外に出られたなら。

 そんな「もしも」は、今日もカウンターの中で静かに溶けていく。


 ギルドの朝は、今日も穏やかに続いていく。



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