ギルドの朝は、今日もにぎやかだった。
冒険者たちがひっきりなしにカウンターを訪れ、新しい依頼の話や、昨日の武勇伝で盛り上がっている。
カウンターの奥では受付嬢たちが慌ただしく書類をさばき、
私は今日も定位置の椅子に腰掛けて、依頼書を整理していた。
「おっ、怨霊ちゃん!今日もカウンターだな?」
常連の冒険者、ハロルドさんが陽気な声をかけてくる。
「はい。今日もお気をつけて、いってらっしゃいませ」
「怨霊ちゃんが受付してると、安心できるわ~」
「最近ミスも減ったしな」
「怖いけど便利だよなあ」
「“死んでるからミスがない”っていうけど、どういう理屈なんだろ……?」
そんな賑やかなやりとりが飛び交う中で、
隣のカウンターでは、ちょっと困った空気が漂っていた。
「なあリナちゃん、俺さあ、今日も一緒にご飯行かない?」
セクハラ気質で有名な冒険者グロッグが、
受付のリナさんにしつこく言い寄っている。
ミレーヌさんも呆れ顔で様子をうかがい、
新人受付嬢のナナさんは明らかに困惑していた。
「すみません、業務中ですので……」
「そんなこと言わずによ~、ほら!」
グロッグは手を伸ばし、リナさんの肩に触れようとする。
その瞬間、カウンターの空気が一変した。
「……おやめください」
私が静かに口を開く。
グロッグは一瞬ぎょっとして手を引っ込め、
「な、なんだよ、別に悪いことしてねーだろ」
と、ぶつぶつ言いながらカウンターを離れていった。
「怨霊ちゃん、グロッグ苦手だね」
ミレーヌさんがひそひそ声で笑う。
「いえ、苦手というより……皆さんが不快な思いをするのは、やはり良くないと思いまして」
「さっすが、ギルドの守護霊!」
「怨霊ちゃんは“死んでも働く正義の受付嬢”だもんね」
その日の昼休み、受付嬢たちが給湯室に集まった。
「最近、セクハラやパワハラする冒険者、多くないですか?」
ナナさんが言う。
「前の職場では、出禁制度あったんですよ。問題行動を繰り返す人は、ギルドに出入り禁止」
「出禁……確かに効果ありそう!」
ミレーヌさんが目を輝かせる。
「日本のネットカフェとかでもやってたよ!悪質な客は“デキン”!」
「うちも導入したらどうかしら?」
リナさんが提案した。
私は少し考えてから言った。
「ギルドの規則には、特別な制限はありませんが……
冒険者と受付嬢、そして依頼主の安全と安心のためにも、何か対策は必要だと思います」
「さすが、怨霊ちゃんは発想が社会派だなぁ!」
「死んでも現世をよりよくしようとする心、見習いたい」
「……“死にがい”ですね」
全員がくすくす笑った。
その日の午後、リナさんはギルドマスターに“出禁制度導入”を提案した。
ミレーヌさんも「現場の声です!」と積極的に後押し。
ギルドマスターは書類を眺めつつも、リナさんの後ろに立つ私と目が合うと、わずかに身じろぎした。
「……まあ、現場が困ってるなら、導入するしかないな」
「やった!」
出禁制度はあっさりと可決された。
「実は、以前から出禁制度の話はあったけど、なぜか毎回、机の上に“冷たい空気”が漂ってて、誰も本気で進言できなかったんだって」
ミレーヌさんがこっそり耳打ちする。
「それは……もしかして、私が……?」
「だって、怨霊ちゃんの微笑みと“ただならぬ冷気”を同時に感じたら、誰だって話を通したくなるって!」
その後、出禁第一号となったグロッグは、ギルドから完全に姿を消した。
冒険者たちも「変な奴がいなくなって安心した」と口々に言い、
依頼主たちも「受付の雰囲気が良くなった」と笑顔を見せるようになった。
「やっぱり、ギルドは安全と安心が一番だね」
ナナさんがホッとしたように言った。
「もしまた困った人が現れたら、怨霊ちゃんの呪いで追い払ってもらおう!」
「呪いはあまり使いたくありませんが……
みんなの職場が平和になるなら、頑張ります」
「まさに“ギルドの守護霊”!」
ミレーヌさんが親指を立てる。
こうして、出禁制度が導入されてから、ギルドはますます働きやすい場所になった。
私自身も、皆の役に立てていることを実感する。
死んでいるから、できることもある。
“死にがい”という言葉が、少しだけ誇らしく感じられた。
カウンターの上で今日も、私は笑顔を絶やさずに――
冒険者たちを見送り、受付嬢たちとともに、平和な日常を守っていく。
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