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第5話 怨霊ちゃん、出禁制度を推進する

 ギルドの朝は、今日もにぎやかだった。

 冒険者たちがひっきりなしにカウンターを訪れ、新しい依頼の話や、昨日の武勇伝で盛り上がっている。

 カウンターの奥では受付嬢たちが慌ただしく書類をさばき、

 私は今日も定位置の椅子に腰掛けて、依頼書を整理していた。


「おっ、怨霊ちゃん!今日もカウンターだな?」


 常連の冒険者、ハロルドさんが陽気な声をかけてくる。

「はい。今日もお気をつけて、いってらっしゃいませ」


「怨霊ちゃんが受付してると、安心できるわ~」

「最近ミスも減ったしな」

「怖いけど便利だよなあ」

「“死んでるからミスがない”っていうけど、どういう理屈なんだろ……?」


 そんな賑やかなやりとりが飛び交う中で、

 隣のカウンターでは、ちょっと困った空気が漂っていた。


「なあリナちゃん、俺さあ、今日も一緒にご飯行かない?」


 セクハラ気質で有名な冒険者グロッグが、

 受付のリナさんにしつこく言い寄っている。

 ミレーヌさんも呆れ顔で様子をうかがい、

 新人受付嬢のナナさんは明らかに困惑していた。


「すみません、業務中ですので……」

「そんなこと言わずによ~、ほら!」

 グロッグは手を伸ばし、リナさんの肩に触れようとする。


 その瞬間、カウンターの空気が一変した。


「……おやめください」

 私が静かに口を開く。


 グロッグは一瞬ぎょっとして手を引っ込め、

「な、なんだよ、別に悪いことしてねーだろ」

と、ぶつぶつ言いながらカウンターを離れていった。


「怨霊ちゃん、グロッグ苦手だね」

ミレーヌさんがひそひそ声で笑う。


「いえ、苦手というより……皆さんが不快な思いをするのは、やはり良くないと思いまして」


「さっすが、ギルドの守護霊!」

「怨霊ちゃんは“死んでも働く正義の受付嬢”だもんね」


 その日の昼休み、受付嬢たちが給湯室に集まった。


「最近、セクハラやパワハラする冒険者、多くないですか?」

ナナさんが言う。

「前の職場では、出禁制度あったんですよ。問題行動を繰り返す人は、ギルドに出入り禁止」


「出禁……確かに効果ありそう!」

ミレーヌさんが目を輝かせる。

「日本のネットカフェとかでもやってたよ!悪質な客は“デキン”!」


「うちも導入したらどうかしら?」

リナさんが提案した。


 私は少し考えてから言った。


「ギルドの規則には、特別な制限はありませんが……

冒険者と受付嬢、そして依頼主の安全と安心のためにも、何か対策は必要だと思います」


「さすが、怨霊ちゃんは発想が社会派だなぁ!」

「死んでも現世をよりよくしようとする心、見習いたい」


「……“死にがい”ですね」


 全員がくすくす笑った。


 その日の午後、リナさんはギルドマスターに“出禁制度導入”を提案した。

 ミレーヌさんも「現場の声です!」と積極的に後押し。

 ギルドマスターは書類を眺めつつも、リナさんの後ろに立つ私と目が合うと、わずかに身じろぎした。


「……まあ、現場が困ってるなら、導入するしかないな」


「やった!」


 出禁制度はあっさりと可決された。


「実は、以前から出禁制度の話はあったけど、なぜか毎回、机の上に“冷たい空気”が漂ってて、誰も本気で進言できなかったんだって」

ミレーヌさんがこっそり耳打ちする。


「それは……もしかして、私が……?」


「だって、怨霊ちゃんの微笑みと“ただならぬ冷気”を同時に感じたら、誰だって話を通したくなるって!」


 その後、出禁第一号となったグロッグは、ギルドから完全に姿を消した。

 冒険者たちも「変な奴がいなくなって安心した」と口々に言い、

 依頼主たちも「受付の雰囲気が良くなった」と笑顔を見せるようになった。


「やっぱり、ギルドは安全と安心が一番だね」

ナナさんがホッとしたように言った。


「もしまた困った人が現れたら、怨霊ちゃんの呪いで追い払ってもらおう!」


「呪いはあまり使いたくありませんが……

みんなの職場が平和になるなら、頑張ります」


「まさに“ギルドの守護霊”!」

ミレーヌさんが親指を立てる。


 こうして、出禁制度が導入されてから、ギルドはますます働きやすい場所になった。

 私自身も、皆の役に立てていることを実感する。


 死んでいるから、できることもある。

 “死にがい”という言葉が、少しだけ誇らしく感じられた。


 カウンターの上で今日も、私は笑顔を絶やさずに――

 冒険者たちを見送り、受付嬢たちとともに、平和な日常を守っていく。



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