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第6話 除霊騒動と本気の怨霊ちゃん

 ある日の午後、ギルドのカウンター前がざわついていた。

 空気の違和感に気づいたのは、私だけではなかった。

 普段は常連の冒険者や受付嬢たちで埋まるフロアに、旅装束の一団が足を踏み入れてきたのだ。


「うわ……あの人、何か雰囲気違くない?」

ミレーヌさんが囁く。


「外部のパーティみたいね。たぶん、遠征帰りか新規の冒険者グループよ」

リナさんも低い声で応じる。


 その一団の中心には、銀色の髪と真新しいローブを纏った若い神官がいた。

 彼は真剣な眼差しでギルドを見回し、やがてまっすぐ私のカウンターへと歩み寄ってきた。


「……あなた、ですか」


 神官は目を細め、私をじっと見据える。


「はい、ご用件をお伺いします」

私は笑顔を崩さずに答えた。


「私は、神殿より遣わされたもの。“不浄の霊”の気配を感じ、ここへ来ました。

このギルドに“怨霊”がいると報告を受けています――あなたがその存在、ですね?」


 カウンターの奥でリナさんやミレーヌさん、ユウさんが「やばい…」と顔を見合わせる。


「そうです、私はマリエル。このカウンターで受付をしています」


 その瞬間、神官は聖印を胸に掲げ、周囲に向かって高らかに言い放つ。


「みなさん、安心してください!

私はここで迷える魂を浄化し、この地を正しき世界へ戻します!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

ナナさんが慌てて神官の前に立ちはだかる。

「怨霊ちゃんは悪い霊なんかじゃありません。みんなの大切な仲間です!」


「そうだそうだ!怨霊ちゃんがいないと、このギルドは回らないんだ!」

ミレーヌさんも強く訴える。


「“悪くない怨霊”っておかしくないですか?」

神官が困惑したように返す。


「……それでも、みんなの役に立ってるなら、私はここにいたいだけです」

私は静かに微笑む。


「ですが――悪霊は悪霊。

私の務めは、魂を浄化することです。覚悟してください!」


 神官は聖なる水晶を取り出し、呪文を唱え始める。

 カウンターの空気がぴりぴりと震え、周囲の冒険者や受付嬢たちも思わず身を固くする。


「やめてください!」

リナさんが声を上げる。

「怨霊ちゃんに何かあったら、うちのギルドが崩壊するんです!」


「神官さん、悪い霊じゃないって言ってるでしょ!」

「“成仏してほしい”って善意なのかもしれないけど、こっちにとっては迷惑なんですよ!」


 神官はかまわず、呪文を完成させる。

 そして聖なるアイテムを私に向けて振りかざした、その時――


 パシンッ!

 空気を裂く音とともに、神官の手の中で水晶が真っ二つに割れて崩れ落ちた。


「な、なんだと……!?」


 私は静かに立ち上がる。

 カウンターの上に冷気が広がり、照明が一瞬だけ明滅する。

 書類が風もないのにふわりと舞い上がり、後ろのロッカーの扉が勝手に開閉を繰り返す。


「……神官さん。

もし、どうしても私を祓いたいというなら――」


 私は真っ直ぐ神官の瞳を見つめ、

 「末代まで祟られる覚悟があるなら、かかってきなさい」

 と静かに言った。


 カウンターの後ろで仲間たちが「うわ、本気だ」「ラスボス降臨…」と小さく呟く。


「……う……す、すみませんでした!」

 神官は顔を真っ青にして、その場で崩れ落ちる。


「お帰りはこちらです」

ミレーヌさんがにっこり微笑んで出口を指さす。


 神官一行は大慌てでギルドを後にした。


 しばらくして、日常の空気がギルドに戻る。


「怨霊ちゃん、大丈夫?」

ナナさんが心配そうに声をかける。


「はい、皆さんのおかげで……。

少しだけ、本気を出しすぎたかもしれません」


「いやあれは怖かった!」

「でも、怨霊ちゃんを守れてよかったよ」

「うちのギルドの“最終防衛ライン”だな」

「ラスボスなのに癒し系……」


 冒険者や受付嬢たちがくすくす笑いながら、

 私のカウンターにいつもの列ができていく。


 私は静かに息をついて、

 再びいつもの笑顔で依頼書を手に取った。


 この場所で、みんなの役に立てるなら――

 霊でも、備品でも、ラスボスでも、私はここにいられる。


 ギルドの平和な日常が、またゆっくりと流れ出した。



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