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第7話 “ここにいてもいいですか?”

 除霊騒動から数日が経った。

 ギルドは平穏を取り戻し、依頼や冒険者たちの声がいつも通りフロアに響いている。

 けれど、私――マリエルの胸の奥には、静かな波紋が残っていた。


 カウンターで書類に目を落としながらも、ふいに考えてしまう。


(私は……ここに居て、本当にいいのかな)


 神官が去ってからというもの、何度も同じ問いが頭に浮かぶ。

 死んだ人間が、受付嬢としてこのギルドに居続ける――

 最初は不思議がられたが、今や皆の日常に溶け込みすぎている。


(皆は本当は、どう思っているんだろう)


 その日の昼休み、給湯室に集まった受付嬢たち。

 ミレーヌさんは大きなカップを両手で抱え、「この前の神官、すごかったね~」と笑っている。


「でもさ、マリエルちゃんが本気出したの、私初めて見たよ」

ユウさんが目を丸くする。

「ラスボスかと思った……けど、やっぱり怖くなかった。なんか……守ってくれてるって思った」


 ナナさんはそっと私の顔を覗き込んだ。

「怨霊ちゃん、大丈夫? ちょっと元気ないみたい」


「……私、みんなの足を引っ張っていませんか?」

 ふと、本音が口からこぼれていた。


「え?」

 みんなが一斉に私を見る。


「死者がいつまでも居座っていて、迷惑なんじゃないかって……。

本当は、そろそろ“成仏”すべきなんじゃないかって……」


 しばらく、静かな沈黙が流れる。

 やがてリナさんが、苦笑しながら私の肩を叩いた。


「何言ってんのよ、怨霊ちゃんがいなくなったら、うちのギルドどうやって回すのさ」


「ほんとほんと!」

ミレーヌさんが両手を挙げて同意する。

「怨霊ちゃんいなきゃ、事務仕事パンクだし、書類の山で私たち沈むし」


「それだけじゃありません」

ユウさんが静かに続ける。

「マリエルさんがいるから、私、毎日安心して仕事できるんです」


「でも……外部の人が見たら、“受付嬢に怨霊がいる”なんて、おかしいって思いますよね」


「外部の人なんて、どうだっていいじゃん」

ミレーヌさんがぱっと言い切る。

「大事なのは、ここで一緒に働いてる仲間たちだよ!」


「それに……」

リナさんが少し照れたように笑った。

「もし本当に迷惑だったら、とっくに除霊依頼出してるって」


 皆がくすくすと笑い出し、私の胸に温かいものが広がった。


 その日の午後、カウンターで仕事をしていると、常連冒険者たちが次々とやってくる。

 グレンさんは「怨霊ちゃん、昨日の依頼も完璧だった!さすがだな」と親指を立て、

 ラルフさんは「うちのチーム、今や怨霊ちゃん以外のカウンター並べって言ってる」と冗談めかして言った。


「なあ怨霊ちゃん、最近ちょっと元気なかったけど……何かあったのか?」


「いえ、大丈夫です。少しだけ、考え事をしていただけです」


 その時、不意に小さな女の子がカウンターにやってきた。

 彼女はギルド職員の娘で、昔から私のことを怖がらず、よく話しかけてくれる。


「マリエルお姉ちゃん、これあげる!」


 手渡されたのは、手作りのリボン。

「みんな、マリエルお姉ちゃんが大好きだって。だから、ずっといてほしいんだって!」


 私は思わず涙ぐんでしまった。


「ありがとう……」


 カウンターの奥から、他の受付嬢たちや冒険者たちがこちらを見て微笑んでいる。


 気づけば、給湯室のテーブルの上やカウンターの引き出しには、

 皆からの小さな贈り物やメッセージカードがそっと置かれていた。


「“死者が受付にいるのは当たり前”なんて、変な話かもしれません。でも、

ここでこうして皆さんと一緒にいられるのが、私には一番幸せなんです」


「それでいいんだよ!」

「マリエルちゃんがいるから、ここは“特別なギルド”なんだもん」


 夕方、依頼の波がひと段落した頃、

 私はカウンターから見えるギルドの風景を静かに眺めていた。


(私は――ここにいても、いいんですね)


 死んでいるから、できることがある。

 “死にがい”を感じるこの日常が、私にとってはかけがえのない宝物。


 その夜、いつものように仕事を終えて、静かなギルドでひとり伝票を片付けていた。

 カウンターの上に差し込む月明かりが、私の手を淡く透かす。


「……おやすみなさい。また明日も、皆さんの役に立てますように」


 そう願いながら、私は今日もここで、“日常”を守り続ける。



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