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第4話 嵐の中の誓い

 婚約発表の翌朝、ジュリアは豪華な朝食を前にしても手をつける気になれなかった。テーブルに並ぶ銀食器の冷たさが、まるで彼女の胸の中に広がる孤独そのものを映しているようだった。


「婚約発表、お疲れさまでしたよ、ジュリア。」

父がテーブルの向こうから声をかけてきた。彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。それは、自らの権力をさらに強固にしたという勝利の笑みだった。


「ありがとうございます、お父様。」ジュリアは作り笑いを浮かべながら答えた。しかし、昨夜のアルフレッドの冷酷な言葉が頭を離れない。


「君は美しい。それで十分だ。」


その一言がどれだけ彼女の心を傷つけたか、父には到底理解できないだろう。ジュリアは自分が家族にとってただの「道具」でしかないことを改めて思い知らされた。


嵐の訪れ


朝食の後、ジュリアは屋敷の庭園を歩いていた。静かな庭園には花が咲き乱れ、美しい景色が広がっているが、彼女の心は穏やかではなかった。彼女の足取りは次第に重くなり、無意識に拳を握りしめる。


突然、空が暗くなり始めた。分厚い雲が空を覆い、風が強まる。やがて、ポツリポツリと雨が降り始めた。


「嵐ね……」

ジュリアは空を見上げて呟いた。その声には諦めにも似た静かな響きがあった。しかし、彼女はその場を離れず、雨に打たれるままに立ち尽くしていた。


その時、背後から駆け寄る足音が聞こえた。


「ジュリア様、何をしておられるのですか!」

慌てた声に振り返ると、執事のクラレンスが立っていた。彼は雨で濡れた彼女を心配そうに見つめている。


「何も……ただ考え事をしていただけよ。」ジュリアは微笑みを浮かべたが、その目はどこか虚ろだった。


「ここにいると風邪をひいてしまいます。屋敷に戻りましょう。」

クラレンスの言葉に、ジュリアはしばらく黙ったままだったが、やがて頷き、足を動かし始めた。


執事との対話


屋敷に戻り、クラレンスが用意した温かいタオルで体を拭きながら、ジュリアは彼に問いかけた。


「クラレンス、私は間違っていますか?」


「何のことでしょうか、ジュリア様。」

執事は穏やかな声で答えたが、その表情には深い関心が伺えた。


「この婚約……私は家族のために犠牲になるべきだとわかっています。でも、それで本当に良いのでしょうか?」


クラレンスはしばらく考え込み、静かに答えた。「ジュリア様、私はただの執事ですので、個人的な意見を申し上げるのは差し控えます。ただ、一つだけ言えることがあります。」


「何かしら?」ジュリアは彼を見つめた。


「貴族としての義務を果たすことは確かに重要ですが、あなた自身の幸せを犠牲にする必要があるかどうか、それは別の話です。」

クラレンスの言葉に、ジュリアの胸の奥で何かが揺れ動いた。


「私の幸せ……」ジュリアは静かに繰り返した。その言葉は、これまでの人生でほとんど考えたことがなかったものだった。


誓い


その夜、ジュリアは自室の窓辺に座り、嵐が吹き荒れる外を見つめていた。雨が窓を叩き、雷が空を裂いている。彼女の心の中もまた、嵐のように荒れていた。


「私はただの駒として生きるつもりはない。」

ジュリアは自分自身にそう言い聞かせた。


思い出されるのは、アルフレッドの冷たい言葉、父の無関心な態度、そしてクラレンスの助言。それらが混ざり合い、彼女の中で一つの決意を形成していく。


「私は……この婚約を利用する。利用して、自分自身の未来を掴み取る。」


その決意は嵐の中でさらに強固なものとなった。ジュリアはもう迷わない。彼女はこの冷酷な世界の中で、自分自身の力で立ち上がることを誓った。


雷鳴が轟く中、ジュリアは静かに微笑んだ。それは、これから始まる彼女の戦いの幕開けを告げる笑みだった。


嵐は彼女にとって恐れるものではなく、むしろ新たな旅立ちの象徴となった。


ジュリアの中で静かに燃える復讐の炎は、彼女を前に進ませるための光となりつつあった。冷たい純白の檻に囚われた彼女は、その檻を打ち破るための第一歩を踏み出そうとしていた。



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