結婚から数週間が経過したが、ジュリアの生活は一向に温かさを増す気配はなかった。アルフレッドの冷淡な態度は一貫しており、彼との会話はほとんど存在しない。時折、家の必要性に迫られた形式的な会話があるだけで、それ以上の夫婦らしい交流は皆無だった。
それでもジュリアには、公爵夫人としての「役割」があった。彼女はその役割を果たすためだけに存在しているかのようだった。アルフレッドが求めるのは、社交界での彼の立場を引き立てるための美しい装飾品であり、ジュリアはまさにその「飾り物」として利用されていた。
舞踏会という戦場
ある晩、アルフレッドがジュリアに社交界の舞踏会に出席するよう命じた。その口調は事務的で、「妻として当然の義務を果たすように」と言わんばかりの冷たさだった。
「舞踏会では君が必要だ。きちんと振る舞ってくれればそれでいい。」
アルフレッドはジュリアを一瞥するだけでそう告げた。
ジュリアはその言葉にわずかに胸が痛むのを感じながらも、何も言わずに頷いた。公爵家の面子を保つために自分が利用されていることは、もう理解していた。
舞踏会当日、ジュリアは豪華なドレスをまとい、見事な装飾が施された髪型で会場に現れた。彼女の美しさに多くの注目が集まり、貴族たちは次々と彼女に声をかけてきた。
「公爵夫人、なんと美しいお姿だ。」
「アルフレッド様も素晴らしい奥様をお持ちですね。」
そのたびにジュリアは微笑みながら礼を述べたが、内心では虚しさを感じていた。その場で輝く自分が、アルフレッドにとってはただの飾りであることを痛感させられるからだ。
冷たい言葉
舞踏会の最中、アルフレッドは貴族たちと談笑しながら、ふとジュリアの存在を話題にした。
「彼女は確かに美しいだろう? だが、それ以上でもそれ以下でもない。」
その言葉に、周囲は軽く笑い声を上げたが、ジュリアの胸には鋭い痛みが走った。アルフレッドにとって、自分がただの装飾品に過ぎないことを改めて突きつけられる瞬間だった。
ジュリアは笑顔を保ちながらも、心の中では涙をこらえていた。この結婚に自分の居場所がないことを、彼女は誰よりもわかっていた。
孤独な帰路
舞踏会が終わり、帰路に着く馬車の中で、ジュリアは一言も話さなかった。アルフレッドもまた無言で、窓の外を見つめていた。
「私たちは、なぜ夫婦になったのかしら……」
心の中でジュリアは何度もその問いを繰り返した。アルフレッドと心を通わせることなど到底無理だと感じながらも、それでも何かが変わることを期待してしまう自分に嫌気が差した。
屋敷に戻ったジュリアは、誰に告げるでもなく自室に引きこもった。広すぎる寝室の中、豪華な家具や調度品に囲まれても、彼女の心を満たすものは何一つなかった。
孤独な日常
その後も、アルフレッドの態度が変わることはなかった。彼は屋敷にいる時間さえ少なくなり、ジュリアはますます孤独を感じるようになった。屋敷の中では、彼女の存在は形だけのものであり、使用人たちも彼女に一定の敬意を払うものの、どこか距離を置いていた。それは、彼らがアルフレッドの態度を見て、彼女の立場を理解しているからだった。
「私はこの家に必要とされているのかしら……」
広い廊下を歩きながら、ジュリアはふと立ち止まり、自分に問いかけた。彼女の問いに答える者は誰もいなかった。
屈辱と孤独に耐える
ジュリアはこの状況に屈辱を感じながらも、表には決してそれを出さなかった。公爵夫人としての責任を果たすことが、彼女の唯一の逃げ場だったからだ。彼女は社交界での役割を黙々とこなし、どんな場でも完璧な微笑みを浮かべ続けた。
だが、その微笑みの裏側では、心が少しずつ壊れていくのを感じていた。誰にも心を開けず、話す相手もいない日々が、彼女を少しずつ蝕んでいく。
小さな希望の灯
そんなある日、ジュリアはふとレオナルドのことを思い出した。結婚前、彼が語ってくれた優しい言葉や、真剣な眼差しが、彼女の心に微かな温かさをもたらした。
「君は君自身の幸せを選ぶべきだ。」
その言葉が彼女の心に静かに響き、ほんのわずかではあるが希望を感じさせた。その希望はまだ小さな火種に過ぎなかったが、ジュリアが自分の未来について考えるきっかけを与えるには十分だった。
「私は、このままでは終わらない。」
ジュリアは静かにそう呟き、わずかに握りしめた拳に力を込めた。
それは、彼女が孤独と屈辱に耐えながらも、自分の人生を取り戻すための第一歩を模索し始めた瞬間だった。