俺は犬川五郎。だがこの名前とも今日でお別れだ。
噂に聞く異世界転生ってやつをしてしまったからな!
転生の経緯は漫画やアニメでよく見るような話だ。突然死したらよくわからない場所にいて、女神様が「間違っちゃった☆」などと抜かしやがった。そのお詫びに特別な力を持って別の世界で新しい人生を送れるという流れだ。
だが俺は女神に感謝している。生まれ変わるということは、名前も変わるということだからな。
俺は自分の名前が嫌だった。名字の犬川はしょうがないとして、五郎! なぜ五郎なんだ!
俺は長男だぞ!!
人生で何度「五男なの?」って言われたか、もう数えるのも面倒になったほどだ。女神から貰えるチートスキルなんてどうでもいい。西洋風のファンタジー世界で裕福な家に生まれるそうだからな。間違いなくカッコいいカタカナの名前がつけられるはずだ。
少なくとも犬川五郎という名前になることは絶対にない。絶対にだ!
期待に胸を膨らませながら、俺は女神の出した光に包まれ意識を手放していった。
「おぎゃあ! おぎゃあ!(やった、転生したぞ!)」
「まあ、なんて元気のいい赤ちゃん!」
「よく頑張ったなヘレン、立派な跡取り息子が生まれたぞ!」
生まれた瞬間から意識がはっきりしているのは思ったより辛いな。なんか息苦しいし、目もよく見えない。だが母親はヘレンというのか、いいぞ!
「この子の名前はどうします?」
「実はもう考えてあるんだ。このジャガイモ牧場を更に発展させてくれるように、偉大な狩猟の神様から名前をお借りしようと思ってね」
ジャガイモ牧場ってなんだ? 農場じゃないのか? それに牧場を発展させるのになんで狩猟の神様なんだ?
まあいい、この世界はそういうところなんだろう。細かいことは言いっこなしだ。
「きっと立派なトマトハンターになるわね!」
なるほど分かった、ジャガイモを育てるためにトマトを狩るんだな! ……ちょっとついていけるか不安になってきた。いや、そんなことより名前だ
「伝説によると、かの神は風よりも速く駆け、どんな魔獣も一突きで仕留め、炎の拳の異名を持っていたそうだ」
一突きってパンチかよ。どんな脳筋ハンターだ。だがそんな伝説があるならきっとカッコいい名前がついているに違いない。さあ父親よ、俺の名を呼べ!
「その神の名は……イヌカワゴロウ!!」
「おぎゃああああああ!!(なんでやねーーーーーーん!!)」
「まあ、元気に泣いてるわ。名前が気に入ったみたいね」
「よーし、強く育てよイヌカワゴロウ!」
俺の名はイヌカワゴロウ。この家に名字はない。
まあ、少なくとも「五男ですか?」と聞かれることはないだろうさ。
……ちくしょーーーーーーーー!!