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狩りのおしごと

 今日は俺の十歳の誕生日だ。この歳になると大人の仕事を手伝い始めるのがこの町の習わしだ。俺はこの時をずっと待っていた。なぜなら、子供はジャガイモの餌やりを見ることが禁じられていたからだ。


 みんなも知っての通り、ジャガイモは虹色に輝く鱗を持つ大きな四足獣だ。


 えっ、どんな姿か想像できない? 分かるよ。俺もこの世界に転生して、初めてジャガイモを見た時は前世の記憶とのギャップで脳が混乱したもんだ。まあ簡単に説明すると人間を乗せて走れるぐらいでかい虹色のアルマジロみたいな感じだ。


 そんなわけで、俺が知っているものと同じ名前でも全く違う姿の生物がこの世界にはゴロゴロしている。


 そして、俺が生まれてからこの歳になるまでの十年間、ずっとどんな姿か知りたかった生物がいた。それがトマトだ。


 生まれた時から立派なトマトハンターになることを期待され、狩猟神の名前まで付けられた俺は、町の子供達が集まる学校でも注目の的だった。みんな俺がトマトハンターになるって言ってる。でも誰もトマトがどんな生き物なのか見たことがない。学校の先生も、どんなに聞かれても絶対に教えてくれなかった。そういうルールがあるらしい。


 いったいどんな生き物なんだ……?


「誕生日おめでとう、イヌカワゴロウ。ついにこの日がやってきたな!」


 父親のアイオロスが大きな刺股さすまたを持ってドアの前に仁王立ちしている。これがトマトを狩る道具らしい。ジャガイモは活きのいいトマトしか食べないそうだから、生け捕りにするためなのだろう。がっちりとして、それでいて引き締まったトマトハンターの身体は音がしにくいバロメッツという素材でできた布の服をまとっている。ハンターはバロメッツと共に生きると言われるほど、定番の素材なのだ。なお布の服なので防御力はない。


「トマトを狩りに行くぞ!」


「気を付けてね!」


 母に見送られ、父から貰った新品の刺股を手に父の後を追う。ついに十年間の謎が明らかになるのだ。俺は気を抜くとスキップでもしてしまいそうなほど期待に胸を膨らませて狩場に向かった。


「いたぞ、あれがトマトだ」


 そして、その時がやってきた。身をかがめ、父が指差す方を見る。


 そいつは地面を滑るように動いていた。はちきれそうな丸い身体は鮮やかでみずみずしい赤色の光沢に覆われ、頭頂部には濃い緑色の王冠を被っている。足は見当たらず、どうやって動いているのかはよく分からないが俊敏に動き回っている。その姿はさながら……


「トマトだ」


 そう、どこからどう見ても俺がよく知るトマトそのものだった。トマトが素早く地面を走り回っている。頭がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしいのかもしれない。


「そうだ、トマトだ。美味いぞ」


 ここで一つ告白すると、前世の俺はトマトが大嫌いだった。たぶんこの世でも嫌いだ。見ただけで鳥肌が立ったし。


 そうか……俺はこれを狩って生きるのか。


「嫌じゃあああああ!!」


 俺は家出することに決めた。

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