女性はニヤリと笑うと、二つ目の依頼を読み上げた。
「じゃあこれは? 街道で人を襲うタマネギを退治」
タマネギとな。さすがにこの世界に慣れたので、タマネギが人を襲うと聞いても今更動揺なんかしないぞ。でもタマネギという生物の名を聞くのは初めてだ。ジャガイモは元の世界のジャガイモとは似ても似つかない動物だった。トマトは外見的には元の世界のトマトと全く同じだ。さて、タマネギは一体どんな奴だろう?
「タマネギって強いの?」
外見は気になるが、それよりもまずは十歳の自分に退治可能な相手なのかという難易度の確認が優先だ。今はまだ依頼を選別している段階。吟味もせずに軽い気持ちで引き受けて、やっぱりできませんでしたと逃げ帰ってくることになったら恰好がつかない。冒険者になると決めたんだ。初めての仕事でもきっちりこなして、信頼を勝ち取っていかなきゃ。俺にはもう帰る場所が無いんだから!
「強いモンスターの退治依頼を初心者に紹介するわけないでしょ。少なくともトマトと大差ないわよ。ただ……ちょっと涙が出るかもネ」
女性は不穏な言葉を最後に付け足し、悪戯っぽい笑みを浮かべた。だが俺はこれでも転生者だ。この口ぶりからタマネギがどんな相手か察することができた。間違いない、コイツはあのタマネギだ。切ったら目にしみるやつだ!
「わかった、じゃあそれにする!」
トマト狩りは売り物になるから分かるけど、トマトと大差ない脅威度のモンスター(?)をわざわざ冒険者に退治させるのはなぜだろうと考えたが、前の世界でも能力的には一般人が退治可能な各種害虫・害獣を専門家に依頼して退治してもらったりしていた。単に面倒だったり少しでも危険があることはそれを生業とする者にやってもらうのは不思議なことではない。
敵の厄介さと依頼理由の両方に(説明も受けていないのに)納得した俺は、依頼書を受け取るとターゲットの姿形を確認した。ギルドに備え付けてあるモンスター図鑑を見せてもらうと、想像した通り、あのタマネギだった。少し違うところは、下の部分から生えた根っこのような多数の足で動き回るところだろうか。トマトのような謎移動をする生き物ではなさそうだ。
◇◆◇
「よーし、タマネギよかかってこい!」
俺はタマネギが現れるという街道にやってきた。奴を退治するために切れ味の鋭い刃物を用意したかったが、先立つものが無いので我慢して実家から持ってきたトマト狩り用の刺股でタマネギを狩ることにする。たぶん刺したら汁が飛んで目が痛いだろうが、そこは我慢するしかない。
『タマアアア!』
タマネギが襲い掛かってくる。実に分かりやすい鳴き声だ。俺は腰を落として刺股を構えた。これでも物心ついた時からずっと訓練をしてきたんだ。こんなデカいだけのタマネギに負けてたまるか!
「せいっ!」
一直線に向かってくるタマネギ目掛けて、渾身の一突き。狙いを外すことなく丸い身体を捉え……そのままタマネギは上下に真っ二つだ。せわしなく動いていた多脚も力なくしおれ、その場にあの刺激臭が立ちこめる。
「い、いってええええ!」
タマネギは確かに弱かった。子供の俺が一撃で倒せるぐらいだ。だが、奴の死に際に放った体液の逆襲は、俺の想像を遥かに上回って強烈だった。激痛に襲われる両目を手で押さえながら地面に転がりまわる俺。客観的には物凄く情けないことになっているんだろうが、そんなことを気にしている場合じゃない!
「目がー、目があああああ!!」
その場でしばらくもだえ苦しんだ後、なんとか我慢できるぐらいに目の痛みが治まると、タマネギの死体を引きずりながら冒険者ギルドへフラフラと歩いていく。何はともあれ、俺は冒険者としての第一歩を踏み出すことに成功したのだ! いてて。