城門をくぐると、道は広場に繋がっていた。
周囲には店が並び、屋台なども出ている。
意外にも魚の燻製なども売っており、流通がまだ生きていることを物語っていた。
(傭兵と神官がいれば、商人も動けるんじゃろうね)
鮮やかな刺繍の布が目を引く。
ザーミーンも、田舎にいた頃はよく針仕事を習わされたものだ。
売られている布は刺繍の技倆が高く、少女が昔作ったものとは比べ物にならない。
ちょっとへこむが、素敵な意匠を見るのも楽しい。
「そいつはおれが仕入れてきたんだ」
ザーミーンが
「
「他の都市とも交流があるんですね」
「そりゃそうさ。人間はしぶといんだ。生きている以上、食わなきゃならん。生活に必要なら、なんだってやるさ」
おれは商売が本業なんだ、とティグヘフは笑う。
したたかな、と少女は舌を巻いた。
この若い傭兵は、仕事を利用して自分の金儲けもしているようだ。
道理で顔が広いわけである。
目移りしながらも通りを進む。
市場の物は豊富とは言えなかったが、それでも種類があり物資の不足は感じない。
ティグヘフの言う通り、人間の逞しさが感じられた。
「あの莫迦、先に報告に行ったはずじゃ」
不意に、キミヤーが悪態を吐く。
視線の先には、短い黒髪の巨漢の青年と話しているべバールがいた。
先を急ごうとしているようだが、青年が離してくれないと見える。
「何をしているのべバール。父に話を通してくれているものとばかり」
「いや、そのつもりだったんだがな……」
「これはすみません、キミヤー様。ですが、身共も
大身の刀を背に負っているが、
着ている服も上質であり、立ち居振る舞いも洗練されている。
それでいて、自分の意見が優先されるだろうという傲岸さも垣間見えた。
(王都にもいたけんこういう人。おそらく
大戦では、父は百人の騎士を従えて戦場を駆けた。
その打撃力は凄まじく、蟲人の前衛は一瞬で崩壊したほどだ。
まだ生き残りがいたというなら心強い。
だが、指揮系統的には、騎士は王の直属である。
一時的に
神殿の組織下にいる傭兵とは、そこが異なっていた。
「あなたが
べバールを押しのけて巨漢がぐいと前に出る。
思わず、少女はティグヘフの後ろに隠れた。
騎士の態度は丁寧ではあったが、急に迫られても扱いに困る。
すると、黙って見ていたべバールがため息を吐いた。
「もういいよな、シャーヒーン卿。わしらはこれから
「むろん、神殿の内部事情に口を挟む気はないぞ、べバール。身共は、ただ守護者と腕試しがしたいだけだ。セパーハーンの神殿聖衛隊は、王国随一の精鋭の集団と聞く。ちょっと戦ってみたいと思うくらい、武人なら当然ではないか」
「ほんと、殿方というのはどうしようもないわね」
戦闘思考に偏りすぎる騎士に、キミヤーが呆れて割って入る。
「わたしたちは急いでいるの。腕試しなら、後で訓練場にいらっしゃいな。父と話した後で向かうから」
「おお、待っておりますぞ、キミヤー様」
ようやくシャーヒーンも納得し、道を開ける。
べバールは苛立たしげに煙草に火を点けると、煙を吐き捨てた。
「行くぞ。神官長の髪の毛がこれ以上薄くさせるわけにもいかん」
「そうね。あまり体調もよくないし、苛立たせたくはないわ。行きましょう」
べバールを先頭に、一行は神殿へと向かう。
通りはきれいに清掃されており、人の心がまだ荒んでいないことをうかがわせる。
白大理石で建てられた神殿は、この街で最も壮麗で大きな建築物である。
入口には、警備の衛兵が二人控えていた。
とはいえ、一行が止められることはない。
衛兵は敬礼し、中に入るよう促した。
「どうぞ、神官長がお待ちです」
「誰か来ておるのか?」
「はい。バーバク殿が。広場の騒動もすでにご存じですよ」
それを聞くと、べバールはさらに苦虫を噛み潰したような表情になった。
バーバクはティラーズの傭兵部隊を率いる同僚だが、あまり仲はよくない。
何かというと突っかかってくる相手なのだ。
「うへ、バーバクさんいるんですか。あの人シャーヒーン卿以上に苦手なんですけれど」
「ティグヘフはまだいいさ。精々口うるさく小言言われるくらいだろう。やつの趣味を知っているか。夜に酒を飲みながら、わしに言った嫌みを数え上げることなんだぞ」
「隊長、おれそれに付き合わされたことあるんですぜ」
げんなりする男衆を置いて、キミヤーがさっさと先に行く。
ザーミーンも、いいのかなと言いたげにそれに続く。
足取りが重い二人が最後に続いていった。
キミヤーが向かったのは、神殿の最上階である。
神官長の部屋にいたのは、二人の男であった。
忙しなく歩き回っている筋骨逞しい四十代後半の男と、奥の机の椅子に座っている生え際が後退した老人である。
「戻りました、お父様」
キミヤーが先頭で部屋に入ると、中年の男は彼女の表情の剣呑さに思わず足を止めた。
だが、後ろにいるべバールに気がつくと、顔を真っ赤にして憤激する。
大きく手を振り、唾を飛ばして叫んだ。
「おい、べバール!サドシュトゥン砦の跡に行ったって! 次に砦攻めはおれたちバーバク隊に任せるって話だったじゃねえか!」
「後になさい、バーバク。わたしは、父に報告があるのよ。わきまえなさい」
「いや、そうは言うけどよ、キミヤー様……」
女神官が柳眉を逆立てると、バーバクは鼻白んで後ろに下がった。
威風堂々と、キミヤーが部屋の中央に進む。
その後ろに、ザーミーンはおずおずと続いた。
(いいのかな。神官長を相手に……。ティラーズの流儀なのかしら)
少女の内心も知らず。
神官長は、慈愛深そうな目を娘からザーミーンに向けた。
「おお、守護者を連れて戻ったか。よくやったな、キミヤー。べバールも、なんでそんなに後ろにいるのだ?」
部屋の入口でティグヘフと並んで立っているべバールを見て、老人が不思議そうに首をかしげた。
「いやね、神官長。任務について結構色んなやつが知っていたみたいで、ティラーズに帰ってからの方が手間がかかるのは勘弁してくれないか」
「ああ……」
神官長フィルーズは、ちらりとバーバクを見てため息を吐き、小さく首を振った。
「バーバクが、おまえの出撃について細かく聞いてきての。傭兵の部隊長と騎士には情報を共有することにした。これも、新しいティラーズの方針じゃ、許せ」