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第三話 ティラーズの騎士

 城門をくぐると、道は広場に繋がっていた。

 周囲には店が並び、屋台なども出ている。

 意外にも魚の燻製なども売っており、流通がまだ生きていることを物語っていた。


(傭兵と神官がいれば、商人も動けるんじゃろうね)


 鮮やかな刺繍の布が目を引く。

 ザーミーンも、田舎にいた頃はよく針仕事を習わされたものだ。

 売られている布は刺繍の技倆が高く、少女が昔作ったものとは比べ物にならない。

 ちょっとへこむが、素敵な意匠を見るのも楽しい。


「そいつはおれが仕入れてきたんだ」


 ザーミーンが刺繍布パテに見とれていると、ティグヘフが嬉しそうに自慢してきた。


都市シェハールグアシールに行ったときに買ったもんだよ。いや、いい値段で売れた」

「他の都市とも交流があるんですね」

「そりゃそうさ。人間はしぶといんだ。生きている以上、食わなきゃならん。生活に必要なら、なんだってやるさ」


 おれは商売が本業なんだ、とティグヘフは笑う。

 したたかな、と少女は舌を巻いた。

 この若い傭兵は、仕事を利用して自分の金儲けもしているようだ。

 道理で顔が広いわけである。


 目移りしながらも通りを進む。

 市場の物は豊富とは言えなかったが、それでも種類があり物資の不足は感じない。

 ティグヘフの言う通り、人間の逞しさが感じられた。


「あの莫迦、先に報告に行ったはずじゃ」


 不意に、キミヤーが悪態を吐く。

 視線の先には、短い黒髪の巨漢の青年と話しているべバールがいた。

 先を急ごうとしているようだが、青年が離してくれないと見える。


「何をしているのべバール。父に話を通してくれているものとばかり」

「いや、そのつもりだったんだがな……」

「これはすみません、キミヤー様。ですが、身共も神殿聖衛隊ガールード・モゴダス・マブドには興味がありましてね」


 大身の刀を背に負っているが、傭兵モズドールには見えない。

 着ている服も上質であり、立ち居振る舞いも洗練されている。

 それでいて、自分の意見が優先されるだろうという傲岸さも垣間見えた。


(王都にもいたけんこういう人。おそらく騎士サバルカールじゃな)


 騎士サバルカールは、女神の聖鎧ザレフ・ホダを操る決戦兵種だ。

 大戦では、父は百人の騎士を従えて戦場を駆けた。

 その打撃力は凄まじく、蟲人の前衛は一瞬で崩壊したほどだ。

 まだ生き残りがいたというなら心強い。


 だが、指揮系統的には、騎士は王の直属である。

 一時的に神官長カンパネザムの指揮下に入ることはあっても、神殿組織に組み入れられてはいない。

 神殿の組織下にいる傭兵とは、そこが異なっていた。


「あなたが守護者ハーファザートですな。聖爪パンジェフ・モゴダスの一撃で、十人の蟲人ハーシャレフを屠ったと聞き及びます。こんなにかわいらしいお嬢さんだとは思いませんでしたが。いやいや、高名な武人にお目にかかれて光栄です。身共はシャーヒーン。王に仕える栄誉ある騎士。是非ともあなたとお手合わせをと思っておりましてね。剣を交えることこそ武人の会話というもの」


 べバールを押しのけて巨漢がぐいと前に出る。

 思わず、少女はティグヘフの後ろに隠れた。

 騎士の態度は丁寧ではあったが、急に迫られても扱いに困る。

 すると、黙って見ていたべバールがため息を吐いた。


「もういいよな、シャーヒーン卿。わしらはこれから神官長カンパネザムに会いに行く。これは、神殿の話だからな。それに、強引すぎる男はもてないもんだぜ」

「むろん、神殿の内部事情に口を挟む気はないぞ、べバール。身共は、ただ守護者と腕試しがしたいだけだ。セパーハーンの神殿聖衛隊は、王国随一の精鋭の集団と聞く。ちょっと戦ってみたいと思うくらい、武人なら当然ではないか」

「ほんと、殿方というのはどうしようもないわね」


 戦闘思考に偏りすぎる騎士に、キミヤーが呆れて割って入る。


「わたしたちは急いでいるの。腕試しなら、後で訓練場にいらっしゃいな。父と話した後で向かうから」

「おお、待っておりますぞ、キミヤー様」


 ようやくシャーヒーンも納得し、道を開ける。

 べバールは苛立たしげに煙草に火を点けると、煙を吐き捨てた。


「行くぞ。神官長の髪の毛がこれ以上薄くさせるわけにもいかん」

「そうね。あまり体調もよくないし、苛立たせたくはないわ。行きましょう」


 べバールを先頭に、一行は神殿へと向かう。

 通りはきれいに清掃されており、人の心がまだ荒んでいないことをうかがわせる。


 白大理石で建てられた神殿は、この街で最も壮麗で大きな建築物である。

 入口には、警備の衛兵が二人控えていた。

 とはいえ、一行が止められることはない。

 衛兵は敬礼し、中に入るよう促した。


「どうぞ、神官長がお待ちです」

「誰か来ておるのか?」

「はい。バーバク殿が。広場の騒動もすでにご存じですよ」


 それを聞くと、べバールはさらに苦虫を噛み潰したような表情になった。

 バーバクはティラーズの傭兵部隊を率いる同僚だが、あまり仲はよくない。

 何かというと突っかかってくる相手なのだ。


「うへ、バーバクさんいるんですか。あの人シャーヒーン卿以上に苦手なんですけれど」

「ティグヘフはまだいいさ。精々口うるさく小言言われるくらいだろう。やつの趣味を知っているか。夜に酒を飲みながら、わしに言った嫌みを数え上げることなんだぞ」

「隊長、おれそれに付き合わされたことあるんですぜ」


 げんなりする男衆を置いて、キミヤーがさっさと先に行く。

 ザーミーンも、いいのかなと言いたげにそれに続く。

 足取りが重い二人が最後に続いていった。


 キミヤーが向かったのは、神殿の最上階である。

 神官長の部屋にいたのは、二人の男であった。

 忙しなく歩き回っている筋骨逞しい四十代後半の男と、奥の机の椅子に座っている生え際が後退した老人である。


「戻りました、お父様」


 キミヤーが先頭で部屋に入ると、中年の男は彼女の表情の剣呑さに思わず足を止めた。

 だが、後ろにいるべバールに気がつくと、顔を真っ赤にして憤激する。

 大きく手を振り、唾を飛ばして叫んだ。


「おい、べバール!サドシュトゥン砦の跡に行ったって! 次に砦攻めはおれたちバーバク隊に任せるって話だったじゃねえか!」

「後になさい、バーバク。わたしは、父に報告があるのよ。わきまえなさい」

「いや、そうは言うけどよ、キミヤー様……」


 女神官が柳眉を逆立てると、バーバクは鼻白んで後ろに下がった。

 威風堂々と、キミヤーが部屋の中央に進む。

 その後ろに、ザーミーンはおずおずと続いた。


(いいのかな。神官長を相手に……。ティラーズの流儀なのかしら)


 少女の内心も知らず。

 神官長は、慈愛深そうな目を娘からザーミーンに向けた。


「おお、守護者を連れて戻ったか。よくやったな、キミヤー。べバールも、なんでそんなに後ろにいるのだ?」


 部屋の入口でティグヘフと並んで立っているべバールを見て、老人が不思議そうに首をかしげた。


「いやね、神官長。任務について結構色んなやつが知っていたみたいで、ティラーズに帰ってからの方が手間がかかるのは勘弁してくれないか」

「ああ……」


 神官長フィルーズは、ちらりとバーバクを見てため息を吐き、小さく首を振った。


「バーバクが、おまえの出撃について細かく聞いてきての。傭兵の部隊長と騎士には情報を共有することにした。これも、新しいティラーズの方針じゃ、許せ」



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