「もう専制君主の時代ではない、だろ。理解はしているぞフィルーズ。
百年前には、そんな機関はなかった。
王国は、その名の通り王が支配する国だったからだ。
「──ああ、ザーミーンは知らぬか。王都が落ち、
「わしは凡人なんでな。みなの意見を聞かねばやっていけんだけだ」
べバールとフィルーズの間には、長年の戦友とも呼べるような気安い雰囲気がある。
二人が信頼し合っているのを感じ、ザーミーンの頬も緩んだ。
「いずれにせよ、よくやってくれた。
「確かに、彼女はエスファンディアルの
「そうだな、べバール。彼女は確かに
「なんだと!」
べバールの隻眼が、異様な輝きを放つ。
決して背が高くはないこの男が、いきなり膨れ上がったように見えた。
その迫力は、そのまま彼の衝撃の大きさだ。
「おい、そりゃあ、戦いが変わるぞ」
「ああ。まず、騎士が前線に出られる。砦の守将は手ごわい
「はっ、事前に手袋を届けないか見張ってないといけないがな」
にやりとべバールが笑う。
「やっこさん、敵にも騎士道を求めやがる。なあ、ザーミーン。あれは、百年前には流行っていたのか?」
「シャーヒーン卿のふるまい、でしょうか。そ、そうですね。あのような騎士の方は、たくさんいらっしゃったと思います」
「百年前の流行ってやつさ。誰しもかかる流行り病だ。できれば、おむつが取れたら治ってほしいものだが」
べバールは煙草を取り出し、悠然と火を点ける。
神官長の前でも、気にしていないようだ。
「で、これからどうするんだ。切り札は手に入れた。だが、一気に反攻ってわけにもいかんだろう。ザーミーンは、まだ状況がほとんどわかってない。いきなり担ぎ上げるのは無理だ」
「うむ。まずは、彼女に百年前何が起こったかを説明しなければならん」
フィルーズは立ち上がると、棚から灰皿を取り出し、机の上に置いた。
慣れた手つきである。
「歴史上、守護者はナマク湖の決戦で亡くなったことになっておる。あの戦いは、悲惨な負け戦であった。エスファンディアルが蟲人の前衛を破り、敵将マージドの本陣に突入しようとしたとき。マージドの本隊が、新兵器の
「──
父親の戦死は、聞いていた。
だから、まだ耐えられる。
昨日の夜に、散々泣いたのだから。
「王都に残っていた王が防衛したが、兵が少なく王都は陥落。その最期のときに、王が命を賭けて行った秘術がこの
「神脈が人の魔力を吸い上げるのですか……。なんて恐ろしいことを」
「人だけではない。全ての魔力を吸い、そして都市の魔力の泉に供給しておる」
都市が簡単に攻略されないのは、神脈からの魔力の供給があるからだ。
騎士の聖鎧も、神官の魔術も都市であれば制限なく行使できる。
むろん、敵も条件を満たせば使用できるが、使いにくいのは確かだ。
これは、
「砂漠のお陰で、敵の侵攻の足はかなりおそくなった。
「やつは、天井に頭がぶつかって苦労してそうだったからな。ちょっと手伝って楽にしてやっただけさ」
べバールは、平然と煙を吐いている。
誇るでもなく、悠然とした態度だ。
それが、一層バーバクの癇に障るのだろう。
ぎりぎりと歯を食いしばり、今にも卒倒しそうなほど顔を赤くしている。
「やつらは、北にも手を伸ばしておる。北にも七つの砦が築かれ、
十都市会議なんて一枚岩じゃないさ、とティグヘフが呟いた。
どこも、自分の都市で精一杯なのだ。
各地の都市に出向いた経験が、ティグヘフにそう言わせるのだろう。
それが、ザーミーンには悲しかった。
「このまま手を拱いていては、次はティラーズかレイが陥ちる。ここは、人類の最前線だ。戦いは、今なお続いておる。まだ人は、完全に敗れ去ったわけではない。
「次はカーバーザルト砦だろ! このバーバクが、攻め落としてやる! 老いぼれはサドシュトゥン砦攻略で疲れただろう。労ってやらんとなあ!」
ここぞとばかりに、バーバクが神官長に掴みかからんばかりの勢いで名乗り上げた。
「助かるよ、バーバク。フィルーズはわしをこき使いすぎる」
いきり立つバーバクを前に、べバールはまた煙草をふかした。