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<6・Family>

 話を整理してみることにしよう。

 まず、継承会議に参加する御三家というのは、イーガン家、パーセル家、タスカー家の三つの家のことである。この家の次世代の子供達が集まって、次の磔刑の魔女を決める。ちなみに、次世代の子供達の年齢が極端に離れていた場合がどうなのか、についてはセリーナもよく聴かされていない。それこそ、現在の磔刑の魔女がイーガン家の四十二歳の父親で、パーセル家には現在三十八歳の息子がいて――なんて構図になることも零ではないのだ。現在の魔女の直系ではない家の人間も跡取り候補になるわけなのだから。

 ただ、幸いと言うべきか、今回開かれることになる継承会議で、極端に年齢が高い者も年齢が低い者もいない。一番年齢が高いトレイシーの兄のドミニクもまだ二十六歳であるし、逆に一番幼いタスカー家のコリンナも十歳。きちんと話ができる年齢ではあるのだ。


――本来ならば継承会議が行われるのは、現在の当主が一定の年齢になった場合か……もしくは病気や怪我で死の淵に立たされた時、だったはずね。でも、うちのお父様であるバリー・イーガンはまだ四十五歳。非常に若いわ。


 まあ、父の年齢を鑑みると、姉のブリトニーはいくつの時の子なんだとちょっと突っ込みたくはなるのだが、それはそれ、今は置いておくことにしよう(母の方が父よりだいぶ年上だとは言っておく)。

 本来ならば継承会議が行われるような条件下ではないように思われる。父は若いし、まだまだ現役だからだ。

 継承会議には特例があり、現在の当主である磔刑の魔女が“早急に跡継ぎを決めるべき”と判断した時も開かれることがわかっている。ということは、何かの事情で継承会議を早める必要があると父が判断したということなのだろう。父が、フランシア王国の現役の陸軍兵士ということも何か理由があるのかもしれない。少なくともセリーナの耳には、今すぐどこかの国が攻め込んでくるらしいという情報は入ってきていないが、彼は軍にいて一般人が知らない話を聴いていてもおかしくはないだろう。


――気になるところだけど……ひとまずそこは今考えても答えが出ないし、後回しにするべきってところね。


 カンバスの上、セリーナは色鉛筆を走らせる。本来継承会議の部屋に窓はないのだが、架空の絵なのだから多少創作しても構わないだろう。テーブルの向こうに大きな窓を作ることにする。青空が見えた方が、閉塞感のある部屋が明るい雰囲気になると踏んでのことだ。

 少々、堅苦しい会議室が爽やかになりすぎる気がしないでもないが。


――御三家のメンバーは、私を含めて九人。我がイーガン家の三人、パーセル家から二人、そしてタスカー家から四人の兄弟がそれぞれ権利を持っていて会議に参加した。


 まずイーガン家。

 セリーナ自身の説明は省くとして。セリーナの上には、兄と姉が一人ずついて、それぞれ継承会議に参加する権利がある。

 まず、一番上の長女である姉、ブリトニー・イーガン。継承会議の時点で二十五歳。身長は約165cmで、セリーナと同じく赤い髪に緑色の瞳が特徴だ。といっても、自分達の顔はそこまで似ていない。姉の方がタレ目でおっとり気味だし、天然ボケな性格が思いきり顔に出ていると感じるからだろう。


『あらあら、セリーナちゃん。てっきり、セリーナちゃんはお洒落に全然興味がないと思っていました。だから、ドレスの後ろのリボンをちょっと換えても気がつかないんじゃないかなあってー』


 ただし、結構な毒舌で悪戯好き。でもって、恐らくはセリーナのことをやや嫌っている、と思う。小さな頃から折り合いが良いとは言えない。話をしないわけではないが、セリーナより魔力も低く魔法も上手くないくせに何故か両親に受けがいいので、セリーナの方が避けてきたというのも大きいのだ。

 結構な策士。頭の出来は悪くないだろう。残念ながら、セリーナが前の世界でいくら頼み込んでも、継承者はトレイシーに入れてきたし追放者にはセリーナを選んできたという鬼畜な姉だが。


――まったく、お姉様ときたら……!妹が殺されるって知らなかったのかしら!?この私を追放者にしようだなんて!


 そして、追放者としてセリーナを選んだ身内はもう一人。

 兄のリオ・イーガンである。

 身長172cmほど、二十二歳。セリーナより二つ上で、ブリトニーより三つ下の長男である。兄弟はみんな赤髪なのは共通しているが、緑目の自分と姉とは違って彼だけは青い目をしているのが特徴だ。落ち着いた性格で、言葉遣いも大人しい。セリーナも、姉と比べればまだ兄の方が付き合いやすい人物だとは思っている。ただし。


『僕は、磔刑の魔女になるべきは……魔法使いの一族を引っ張るリーダーシップがあり、皆の信頼がある人物にするべきだと思っている。残念だけどセリーナ、君は肝心の人望ってやつがないよ』


 継承会議では、彼もあっさりとセリーナを切り捨てた。事前に、自分に投票してくれと頼みこんでいたにも関わらず。

 普段は控えめな性格で、何を考えているかわからない人物だったが。ここぞという時はものをはっきり言うあたり、ブリトニーと似ていると言えなくはないだろう。果たして彼は、どのような意図で継承者と追放者を選んだのか。姉同様、追放者は実質処刑されるという事実を知らなかった可能性はありそうだが。


――現在、御三家の力関係は対等ではないわ。一番力があるのは当然、当代の磔刑の魔女がいるイーガン家……つまりうちよね。


 窓の向こうに、水色の色鉛筆で淡い色を塗っていく。青空と、ゆったりと動く雲だ。途中で白い色鉛筆に塗り替えて雲の陰影を表現していく。


――力関係に影響するのは、他にも……現在の大人達の立場とか、子供達の能力っていうのも大きい。そういう意味では、次にパーセル家が力を持っていたのも頷ける話ではあるわね。


 パーセル家からは、二人の兄弟が会議に参加する。

 一人目は、あのトレイシー・パーセル。

 身長175cmとものすごい長身というわけではないのだが、細身でスタイルが良く、足が長いので存在感がハンパない。きりりとした顔立ちの、黒髪に群青色の瞳のイケメンではある。そう、本当にムカつくことにものすごい美貌の持ち主であるのは間違いないのだ。黙ってセリーナの横に立っていてくれればお似合いと呼ばれていただろうに!

 あまり喋るタイプではなく、基本的には無口だと思っていた。が、今日少しだけ話してみて、興味があることだとそこそこ口が回るということも知ったばかりである。

 彼ともけして、仲が良いわけではない。幼い頃は多少一緒に遊んだり話したりということもあるが、年を重ねるごとに疎遠になってしまった。というのも。


『貴様は自分の能力のなさを人のせいにする気か。恥知らずめ。イーガン家令嬢が聴いて呆れるな』


 ちょっと口を開くとこれなのである。これは、彼の前でメイドを叱責する羽目になった時に言われた言葉だった。玄関の掃除が終わっていないメイドの一人を叱っていたら、「お前が無茶な用事を言いつけるから手が回らなくなったんだろう」なんて言われてしまったのである。

 人の家の事情に口まで出して、恥知らずなのはどっちなのかと言いたい。


――魔法使いの素質はピカイチ……なのは間違いないわ。魔力も高いし、魔法の訓練でも高い成績を収めているし……まあ、私ほどではないんだけど!


 だから、彼は継承の魔女の座を狙っていて、根回ししたとばかり思っていたのだが。どうにも、そうではないらしいと知って戸惑っているところなのである。

 これについても、調査していく必要があるだろう。本人もそうだし、それ以外の人間たちも最終的にセリーナ追放に同意しているわけで。どういう経緯で、票が流れたのか知る必要がありそうだ。


――そのトレイシーの兄が、ドミニク・パーセル。この人の方がよほど親しみが持てるタイプよね。


 この二人も、あまり似ていない兄弟だと言える。トレイシーが繊細な顔立ちのイケメンならば、ドミニクはもっと男らしい、スポーツマンタイプのイケメンであるからだ。二十六歳で身長185cm、学生時代からフットボールをしており、現在も軍で鍛えているだけあって筋骨隆々である。年の離れた弟のトレイシーを、昔っから猫っかわいがりしていることでも知られている。タスカー家の年下の子供達にも慕われているようなので、まあ子供に好かれるタイプなのは間違いないだろう。

 トレイシーは継承会議で、自らの兄のドミニクに票を入れていた。なるほど、リーダシップという意味では随一なのかもしれない。ただ、彼は魔法の素質にはあまり恵まれてはいなかったはず。魔力の数値そのものがさほど高くはないのだ。流石に、磔刑の魔女の称号を賜るには力不足ではないか、とセリーナは思うのだが。


『よーしこっちに来いよコリンナ!ドミニク兄さんが遊んでやるぜ、ほーれ!』


 明朗快活、よく子供達と遊んでやっている彼。特に、タスカー家のコリンナはドミニクのことが大好きだったはず。その逞しい腕にぶら下がってきゃらきゃらと声を上げているのをよく見かける。


――そのタスカー家からは、四人の跡取り候補がエントリーしている。でも、全員がまだ幼い子ばかりだわ。


 一番上の、メルヴィン・タスカー。

 金髪紫眼、ボブカットに眼鏡の礼儀正しい少年だ。年齢は十四歳。身長約162cm。タスカー家の中では魔法の扱いに長けているものの、まだ年齢が幼くて発展途上とされている。物静かな性格で、いつも一人で本を読んでいる印象が強い。あまり話したことはない。


『わたしは、今回の継承会議が早まったのには何か理由があると考えています。恐らく、早急に次世代を決めなければいけない理由が、イーガン家の現・ご当主にはあったのでしょう。それを鑑みて、重責を担える方を選ぶべきではないでしょうか』


 そうだ、そもそも彼とは話す機会が極端に少なかった。簡単なパーソナルデータは知っていたものの、ろくに話したこともない相手ならば好きも嫌いもそうそう判断できないはずである。

 にも拘らず、メルヴィンは継承者にトレイシーを選び――追放者としてセリーナを選んだ。トレイシーを選んだ理由はわからなくはないが、セリーナを追放するべきと判断した理由は何なのだろう?

 親に、そうするようにと命令された結果なのだろうか。


――いや、それを言ったらタスカー家の他の兄弟たちもそうだわ。みんな揃って私に票を入れた。タスカー家の他の子達とも、そんなに喋ったことなんかなかったはずよね?


 メルヴィンの下にいるのは、双子の少年と少女だ。

 双子の兄のサイラス・タスカー。金髪碧眼、身長は大体155cmほど。お人形のような可愛らしい喋り方に、柔らかい言葉遣いが特徴的な少年だ。年齢は、継承会議の時点で十三歳である。


『僕もあんまり自信はないけれど……うん、一緒に頑張ろうね、オードリー!』


 その双子の妹、オードリー・タスカー。外見だけならば、二人は非常によく似ている。ドレスと髪型と喋り方で見分けはつくが、もしも同じ格好をしてニコニコ座っていたら本当にどっちがどっちか分からなかったかもしれない。まだ成長途中で、あまり体格に違いがないからだろう。

 ちなみに、お嬢様言葉を話すわりにお転婆なのがオードリーであり、よくサイラスに嗜められている現場が目撃されている。


『わたくしを誰だと思ってるんですの?オードリー・タスカー、そんなヘマなんて致しませんことよ!』


 いつも一緒にくっついている二人。正反対の性格に見えるがきっと仲が良いのだろう。


――そして、最後の一人は……コリンナ・タスカー。一番小さくて、一番継承者候補から遠かった女の子ね。


 コリンナ・タスカー。

 まだ十歳だが、年齢よりも精神面が幼い印象だ。茶髪碧眼、身長は142cmほど。継承会議においても、席にじっと座っているのが苦手らしく、ずっと足を揺らして不満そうにしていたのを覚えている。


『ねえねえ、メルヴィン兄様ぁ。あたしもう飽きちゃった!いつになったらお外で遊べるのお?』


 こうして考えてみると。やはり、タスカー家が揃いも揃ってトレイシーを継承者に、セリーナを追放者に選んだのは作為的だとしか思えない。

 誰かが彼らに、そうするようにと指示を出したのだ。


――一年後までに結果を変えるには……彼らのことも味方につける必要があるわ。


 ぱきり、と色鉛筆の芯が折れた。仕方なく鉛筆削りを取り出すセリーナ。


――継承会議についても、調べることが多そうね。なんとかやり遂げて見せる……一年後までに!

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