目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

<23・Twin's>

 一体どういうことなのだろう。

 応接間にて、サイラスとオードリーの二人と対面したセリーナは心底困惑していた。

 最近少しずつ交流が増えてきたコリンナには、二人の兄と一人の姉がいる。一番上の兄のメルヴィンと、その下で双子の兄妹であるサイラスとオードリーだ。今回、セリーナを尋ねてきたのはこの双子だった。

 どちらも十三歳になるはずだが、見た目より少々幼い風貌と言っていい。身長もまだ150cm代半ばであり、どちらも童顔。お人形のように整った顔立ちということもあって、二人並んで座っていると非常に現実離れした印象を受ける。

 どちらもそっくりな、金髪碧眼。男女の双子のはずなのに、こんなにもよく似ているというのは少々珍しい。まだ声変わり前ということもあってか、声もそっくりだった。兄のサイラスがふんわりとしたボブカットで、妹のオードリーがウェーブした長髪、そして当然服装もパンツスタイルとスカートで異なるので見分けがつかないわけではないのだが。


「……えっと」


 ダーシーがお茶を入れてくれたタイミングで、セリーナは口を開く。


「今日はどういった用件なのかしら。二人とも……私と話したことなんて全然ないわよね?」


 自分で言っていて悲しくなるが、きっとこの双子もセリーナに良い印象はないのだろうな、と思っている。コリンナが、セリーナの“階級主義・差別主義なところ”と“メイドたちを苛めたり弱者を蔑んでいたこと”などをばっちりと知っていたのだ。その上の兄妹が、何も知らないとは正直思えない。そして、元の世界では確実に二人はセリーナを追放者として選んでいるふしがある。

 そして、今日の険しい表情に、重たい空気。お友達になりましょう、という話でないのは間違いなかった。


「……お人よしのお兄様は口が重いでしょうから、わたくしが申し上げますわ」


 やがて、妹のオードリーがきつい口調で告げた。


「セリーナさん。貴女、トレイシーさんに何をなさいましたの?」

「え?」

「最近、あの方の様子がおかしいので、わたくし達タスカー家の兄妹も心配しておりますの。それに、貴女は最近うちのコリンナとよくお話されていますのね。非常に不穏と言わざるをえませんわ」


 これはまた、随分と辛辣である。セリーナが、自分達に危害を加えようとしているとでも言いたげだ。それから、トレイシーのことも。

 一応、予想していなかったことではないので、傷つかなかった。特に、コリンナのことは。彼女の兄や姉がセリーナのことを快く思っていないのならば、自分達の妹にそんな女が近づくのを良しとするはずがなかったからである。むしろよく、今日まで静観してくれていたものだ。あるいは、コリンナが家族に内緒にしていてくれたのだろうか。まあ、彼女が黙っていたところで、逢っているのは学校なわけだし、人の口に戸は立てられないものであったが。


「……コリンナと話をしているのは……興味を持ったからよ」


 継承会議について聴きだそうとした、なんて言ったら警戒されるに決まっている。よって、セリーナは元々用意していた答えを告げた。


「あの子がドッジボールをしているのを見て、どうしてかしらと思ったの。四月だったかしら。……あの時の私は、身分が下の人間や、足手まといに見える人間と仲良くするメリットが見えなかったから。身なりの美しくない子供とも分け隔てなく遊ぶ彼女に疑問を抱いたし、チームの勝利より友情を優先させる考え方が理解できなかったから」


 あながち嘘というわけでもないから問題ないだろう。継承会議について尋ねるつもりで近づいたのは事実だが、コリンナ本人に興味を持ったきっかけがそれであるのは間違いないのだから。


「勘違いされそうだから言うけど、私、コリンナを責め立てたりなんかしてないわ。むしろ私が彼女に諭された方よ。……悔しかったけど、年齢の割に立派な考えを持っているものだと思って、自分の浅はかさを反省したわ。人の価値を、一面や、身分だけで見るのは愚かなことだと彼女が教えてくれたのよ。それで……それからなんとなく、彼女の放課後のドッジボールを見守ったり、その後に少し話をするようになったの。それだけよ」

「ふうん……」

「納得してないようね、オードリー」

「ええ、納得するはずがございませんわ」


 ふん、とオードリーは鼻を鳴らす。


「確かに、わたくし達タスカー家の者は、貴女とあまり会話をすることがございませんでしてよ。でも、悪い噂はどこまでも聞こえてくるものなんですの。貴女が人にマウントを取るためだけに継承会議で選ばれようとしているとか、それでいて当主の仕事なんかやる気がないとか。メイドや執事たちを蔑んで苛めているとか、浮浪者に石を投げて罵倒したこともあるとか……。まあ、噂の全てが真実ではないのかもしれませんけど、火のないところに煙は立ちませんもの。そのような人を信頼するのは土台無理というものでございましょう?」


 ああ、そういう噂が流れていたのか。セリーナは呻くしかない。というか、ほぼ事実であるものだから否定のしようもない。


「……残念だけど、事実ね。私はそれが正義と思っていたから。流石に浮浪者に石は投げてないけれど、罵倒はしたかもしれないわ」


 悲しいかな、あまり覚えてもいないので明確に違うとも言い切れない。

 今でも、まったく下層階級の者達に嫌悪感がないとは言い切れないのだ。どうしても、身分が低い者達の屯するエリアは臭いが酷いと感じるし、不衛生な人間には近寄りたくないと感じてしまうものだから。


「完全に考えを変えたわけではないけれど、私なりに行動は改めたつもりよ。それを証明するのはとても難しいけれど」

「仮に改めたとしても、過去に貴女がやったことが消えるわけではございませんの。そして、貴女がコリンナに近づいたタイミングが四月ということは、継承会議が一年後と発表されてすぐのタイミングですわよね?そこに作為を感じるなというのが無理な話でしょう?」

「つまり、コリンナの票を私が獲得しにかかったと?」

「ええ。そもそも、貴女は御三家の兄弟の中で誰より嫌われていますもの。追放する人間に一人選ぶのなら貴女しかない、と思っている人間は多いのではなくて?ならば、一票でも多く票の操作に走ろうと貴女が考えるのは何もおかしなことではなくてよ。自分の行いも顧みず、妹を脅すような相手を信用できるはずがないでしょう」


 鋭い。セリーナはぐうの音も出ない。ほぼ完璧に当たっている。正確には、自分がコリンナに近づいたのは彼女が自分の意思で票を入れておらず、親の意向に沿っていると思っていたからではあるのだが――。


「……オードリー、少し言いすぎだよ」


 そんなオードリーを、黙って話を聴いていたサイラスが咎めた。幸いと言うべきか、彼はオードリーほどセリーナに敵意を持っているわけではないらしい。


「ごめんね、セリーナさん。……噂が本当である確証もなければ、貴女がコリンナをたぶらかそうとしたという確たる証拠もない。わかっているんだけど、僕達にとってもコリンナは可愛い妹なんだ。信用できない人と交流させるのはちょっと怖く感じる、という心理は理解してほしい」

「……わかっているわ。貴方たちはただ、コリンナを守りたいだけよね。私も二人の立場だったら同じことをするかもしれないわ」

「分かって貰えてるみたいで嬉しいよ。……でもって、オードリーと僕が気になっているのは、セリーナさんが最近トレイシーさんと親しくしているからというのもある。その上で、トレイシーさんの様子がおかしくなって気になっているというのも」


 彼はダーシーが入れた紅茶のカップを手に取り、ふう、とちょっとだけ息を吹きかけた。どうやら猫舌らしい。ちょっとだけ冷ましたところで、口を付ける。


「トレイシーさんと僕達は交流が深い。というか……僕達にとって、トレイシーさんは恩人のようなものなんだ。僕達がまだ小さかった頃、パーセル家とタスカー家の家族で一緒に旅行に行ったことがあったんだけどね」

「御三家の二つだけで?」

「お父様がイーガン家も誘ったんだけど、イーガン家のご当主は殆ど王都を離れられないしね。その上、そちらの兄上も仕事で忙しいタイミングだったから、今回は無理だと断られたらしいよ。ごめんなさい、このへんのことは僕も詳しく知らない。僕達がまだ五歳だった時の頃の事だから」


 五歳、ということは八年前のことか。トレイシーもセリーナも十二歳の子供であったはずだが、その時に何かがあったというのだろうか。


「知らないかな。事情により、パーセル家とタスカー家は別々のルートで帰ったんだけど……後からホテルを出発したタスカー家の車が事故に巻き込まれてね。僕とオードリーは、開いたドアから外に投げ出されてしまったんだ。しかもそれが、崖の方で。僕達はなんとか命は取り留めたんだけど、両足の骨が折れて崖下で動けなくなってしまった」


 あの時の絶望ったらなかったよ、とサイラスは目を伏せる。


「そんな時、酷い雨の中を一人で走って戻ってきて……僕達を助けにきてくれたのが、まだ十二歳だったトレイシーさんだったんだ」

「あの人が……?」

「土砂崩れの音が聞こえて、心配になって家族の制止振り切って一人で戻ってきたんだって。トレイシーさんは、土に埋もれて凍えていた僕達を掘り返してくれて、魔法で傷を癒してくれた。そして、二人を背負って崖を登り、救助の人がいるところまで運んでくれたんだ」

「トレイシーが……!」

「僕達はそれで助かったし、彼の治療のおかげで足の怪我の復帰も早かったんだけど。肝心のトレイシーさんは泥まみれのずぶ濡れだし魔法で体力を消耗したしで疲れ切ってて。その後高熱を出して倒れることになってしまった」


 そんなことがあったとは。セリーナは驚き、しかしすぐにある事実に思い当たることになる。

 そうだ、自分達が中学生だった時に、旅行から帰ってきたトレイシーが何故か高熱を出して倒れたことがあったのではなかっただろうか。自分はそんな彼を見て「旅行ではしゃぎすぎて馬鹿じゃないの」と笑い飛ばしてしまったけれど。

 まさかそんな、正義感を発揮していただなんて。


「あの方は、わたくし達にとってヒーローなのですわ」


 苦々しく、オードリーが呟いた。


「だから、許せませんの。あの方には、あの方に相応しい方とお付き合いして頂きたいですし……不幸になって欲しくないのですわ。最近、トレイシーさんは様子がおかしいのです。主に、セリーナさん、貴女と付き合うようになってから」


 ギロリ、と少女はセリーナを睨みつける。


「貴女、トレイシーさんに何を吹きこみましたの?まさか、あの方最近……徹夜で調べものをしてばかりいる上、先日はお父上と激しく喧嘩されていましたのよ」

「え……!?」


 彼女の言葉に。セリーナは、言葉を失ったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?