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<25・Sacrifice>

 最初は落ち着いてセリーナの話を聞いていた双子も、話が進むにつれどんどんと顔色が悪くなっていった。儀式の下りなんかは、もう少しぼかして話すべきだったかもしれないとちょっと後悔したほどである。実際、話しているセリーナ自身も、ビジョンを思い出して気分が悪くなったくらいなのだから。

 そう、いくら過去の映像とはいえ。あんな痛みと恐怖まで再現されるような体験、二度とゴメンなのである。本来ならもう一度あの遺跡を調べに行くべきだとわかっていても、だ。もう一度あれを体験して、おかしくならない自信など到底ない。


「……磔刑の、魔女」


 オードリーが、恐々と口を開いた。


「確かに、偶然の名前の一致……とは考えにくいですわ、ね」

「ええ。私と同じビジョンを、他にも見て知っていた人がいてもおかしくないわ。そして、あれが明るみに出れば御三家の信用は失墜しかねない。魔法使いそのものが危険だとして排除される原因を作りかねないわ。いくらやらかしたのが、私達の前進であるガヴァナー家であり、我々の直接の血筋でなかったとしても、よ」

「狂ってるとしかいいようがないね。身分が低い人たちを攫いやすいというのはわかる……戸籍がない人も多いから、足がつきにくいという意味では。でも、だからといって、虫螻のように命を踏みにじっていい理由にはならない……!」


 サイラスが静かに怒りを露にする。セリーナは少しだけ意外だった。オードリーもサイラスも、明らかにセリーナの言葉を真実として受け止めている。セリーナ自身に信用がないことを踏まえると、与太話作り話だと思われてもおかしくはなかったというのに。


「二人とも、信じてくれるの?私の話を」


 セリーナが少し困惑して尋ねれば、まあね、とサイラスが口を開く。


「僕も変な称号だなとは思ってたし。……実はずっと前に、お母様に二人で尋ねてみたことがあったんだよ。なんで一族の当主を、そんな名前で呼ぶのかってね。男子でも魔女って呼ぶのはまあ、称号の名前だから便宜的にってことなんだろうけど……磔刑、なんてどう見ても演技の良い名前じゃないし。そしたら……」




『それは、当主にだけ受け継がれる特別な魔法の名前だと聞いているわ。魔法の詳細を知っているのは基本的に当主だけ……当主が魔法の補助師として選んだ人間には伝えることもあるそうだけど。その魔法の力を使って、有事の際は一族を命を賭けて守る。それが、当主の最大の役目であるそうよ』




「……だってさ。これ、どういうことだと思う?」


 なるほど、とセリーナは理解する。双子はこの話を母親から聞いていたからこそ、彼らの中でセリーナの話に信憑性があったのだろう。つまり。


「ガヴァナー家の禁術が、今も当主にだけ代々伝えられているかもしれない。それを示すための称号が磔刑の魔女、ってことね?」

「恐ろしいことだけど、そう考えると辻褄があってしまいますわね。……そしてもう一つ、引っかかる事実がございますの」


 オードリーは冷静さを保とうとするかのように、首を横に振った。


「今の当主は、セリーナさんのお父上でございますわね?つまり、その時にも継承会議は発生しておりますの。会議に参加したのはわたくし達の上の世代……イーガン家、パーセル家、タスカー家の兄弟の方々でした。それで最終的にセリーナさんのお父上が継承者に選ばれたわけですが……」


 セリーナはピンと来た。彼女が何を言わんとしているか気がついたからだ。


「前の継承会議の時にも、追放者は発生している……!」


 セリーナの言葉に、その通りですわ、とオードリーが頷いた。


「追放者は、魔法使いの一族の中で最も魔法使いの素質がない者、当主から遠く向いていない者などが選ばれます。が、戸籍や存在が抹消されるわけではありませんわ。誰が追放者となったのかも記録が残りますし……実は一族を離れたからといって完全に関係が断たれるわけではございませんの」

「というと?」

「わたくしと兄様は、先代の追放者に会ったことがございましてよ。タスカー家の、末の弟さん。わたくし達の叔父にあたる方です」

「!」


 まさか、とセリーナは目を見開く。


「先代の追放者は、処刑されてないってこと!?」


 てっきり、追放者となった者はみんな処刑されるとばかり思っていた。名目上は追放者となっているが、実際は足手纏いの血を残さないための制度だろう、と。

 だってそうではないか。




『追放者となった者は、正確には追放されるのではない。一週間以内に、人知れず処刑されることになるのだ。役立たずの魔女の血を、よそで残させるわけにもいかんからな』




 前の世界での、あの父上の物言い。

 あれは、追放された人間は一族から完全に抹殺され、自由に生きられないように毎回してきたと言わんばかりのものだったではないか。

 まさか、あれが嘘だったとでも?

 本当は、あの時だけ処刑されていた?セリーナが邪魔だったから理由をつけて殺害したのか?もしくは、あの時に一族にとっての特例が出ていた?

 例えば――磔刑の魔女の儀式を発動しなければならなくなっていた、とか。


「磔刑の魔女に伝えられる、禁術……」


 セリーナのこめかみを、冷たい汗が伝う。


「それを発動させるためには、最低一人の生贄が必要だった。そのために追放者を使った?だから、魔法が発動したときだけ……追放者が、処刑されていたということ?」

「その可能性は、あると思う。セリーナさん、儀式についてちょっと詳細を尋ねるんだけど」

「え、ええ」

「真ん中に大きな台座があって、周囲に五つの台座が設置されていたんだよね?それで、生贄の足を一本ずつ切り落として、その肉を真ん中の当主に食わせていた……」

「……そう、だったと思うわ」


 思い出しても吐き気がする。セリーナは、落ち着くために一気に紅茶を煽った。一気飲みできるくらいには、お茶はすっかり冷めてしまっていたのだ。

 頭がくらくらする。想像以上にヤバい領域に今、自分達は足を踏み入れようとしているのではないか。


「そしたら、当主のお腹が臨月の妊婦のように膨らんで……当主が自らお腹を切り裂いたの。そしたら、中から黒い影みたいな……とにかく真っ黒な肌に赤い目の、化け物みたいな小さな女の子が出てきたのよ」


 そして、それを周囲のガヴァナー家の者達は磔刑の魔女と呼んでいたのだ。




『今こそ、我らが磔刑の魔女の再誕を祝う時である!我、ジョシー・ガヴァナーは宣言する。次期当主として、磔刑の魔女を産み落とすための器とならんことを!』

『いざ!』

『いざ!』

『ガヴァナー家に栄光あれ!』

『磔刑の魔女に栄光あれ!』

『すべての呪いと祝福を!』

『すべての願いと繁栄を!』

『かくあれかし!』

『かくあれかし!』




――そして当主は、“Re-birth”とかなんとか……そうよく考えたらあの呪文、エギリア語だったわ。


 現在の一族に伝わる呪文は、基本的にフランシア語のものになっている。にも関わらず、あの呪文は完全にエギリア語だった。ということは、ガヴァナー家の禁術は、旧エギリア帝国由来のものということになるのではないか?

 そして、あの呪文を唱えた途端青年の腹が膨らみ、切り裂かれ、怪物が青年の体を蛹のように脱ぎ捨てて生まれ落ちたのである。




『おめでとうございます!』




 今まさに当主が苦しみ抜いて死んだのに、他の者達は拍手をしながら讃えていた。




『血と肉を対価に、無事にお産まれになられました!我らをお導き下さい、磔刑の魔女様!』




「うっ……」


 思い出すだけで吐き気がこみあげてくる。セリーナは、喉に戻ってきた苦いものをどうにか飲み込んだ。

 ああ、もう少し自分に度胸があったなら。あの体験をもう一度経て、トレイシーのために新しい情報を提供できたかもしれないというのに。


「五箇所の、均等な傷……」


 サイラスは何かを考え込むように言う。


「セリーナさん、もう一つ。追放者が殺されるビジョンもあったんだよね?追放者って、どんな風に殺されたんだっけ?」

「全員に杭を打たれたわ。えっと……」

「どんな風に?もう少し正確に思い出せる?」

「そ、そうね……」


 あれもトラウマ級の記憶だが、辿らないわけにはいかない。

 そうだ、あの時セリーナは、地下牢からわざわざ外に連れ出されたのではなかったか。そして、地下の広間のような場所で、円形の台座に寝かされて――台座?


――!!あのビジョンで見たのと、そっくりの場所だったわ……!


 どうして気がつかなかったのか。

 自分が殺された場所は、ガヴァナー家が禁術を行ったのとそっくりな場所。真ん中に大きな白い円形の台座があり、周囲に五つの長方形の台のようなものが設置されていたではないか。

 無論、そこに他にも死体が乗っていたりしたらセリーナも気がついた。だから、それはなかったと断言できる。では、代わりに乗っていたものがあっただろうか。

 痛むこめかみを抑えて、どうにか思い出す努力をする。そう、あれは確か。


「……ガヴァナー家が禁術を行ったのとそっくりな場所での処刑だったわ。違うのは、追放者を殺したのが真ん中の台座だったということ」


 何かがゆっくりと、紐解かれて行こうとしている。


「追放者、は……両手に二箇所ずつ、両足にも二箇所ずつ、生きたまま杭を打たれるの。大体、手首と肘、関節を破壊するような形だったと思うわ。それで、最後に」


 セリーナは、そっと己の額のあたりに手をやる。今考えても恐ろしい。この場所に、父達は杭を打ち込んだ。頭蓋骨がみしみしと音を立てて砕けていくのを、セリーナは地獄の苦しみの中で感じていたのだ。

 何故おかしいと思わなかったのか。

 追放者を殺す理由が、一族からの抹殺というだけなら。あんな儀式めいた殺し方をする必要なんかない。


「両手両足、最後に頭。……見事に、五つの方向ですわね」

「いえ、先に鼻の上から杭を打たれて顔面を破壊されてから額だった気もするわ。見事に五方向に、二箇所ずつってところね」


 沈黙が落ちる。全員が気がついただろう。かつての磔刑の魔女の儀式をなぞっていることに。生贄を一人にして、その一人に苦しみを集約させているあたりが異なっているが。趣としては、確実に寄せているものがあるだろう。

 禁術を簡略化させたもの、あるいは改良したもの、なのだとしたら。


「トレイシーさんが危ない」


 サイラスが呻いた。


「というか、兄弟全員に知らせて対策を練るべきだよ……!このままでは継承者と追放者、恐らく最低二人の人間が死ぬことになる!」

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